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2013 Highlights of ASH in Asia in Shanghai 派遣レポート 谷本 哲也 (東京大学医科学研究所 )

更新日時:2016年12月27日

谷本 哲也

この度、2013年3月23-24日に中華人民共和国上海市で開催された2013 Highlights of ASH in Asia に参加する機会を頂きました。折しも、領土問題に伴う日中間の緊張の高まりや「北京では買わなくても窓を開けるだけで煙草を吸える、上海では水道の蛇口をひねるだけで豚のスープが飲める」という環境問題を受け、筆者の身の回りでは参加を取りやめた方も多かったのですが、個人的に馴染みのある上海開催ということに興味があり、iPadに放り込んだKindle版「おどろきの中国(講談社現代新書)、橋爪大三郎×大澤真幸×宮台真司著」と「The World Until Yesterday (Viking)、Jared Diamond著」を読みつつ、中国を中国たらしめた歴史に思いを馳せながら羽田空港から虹橋空港へと飛び立ちました。高層ビルやタワーマンションがますます林立する上海市内を抜け、観光名所外灘地区を対岸に臨む黄浦江の畔、浦東地区の国際会議中心が会場でした。本会は週末の一日半で、昨年末の第54回ASH annual meetingに参加出来なかったアジア地域の専門家を対象に、北米の教授陣が注目されるabstract(http://abstracts.hematologylibrary.org/content/vol120/issue21/)を講義するという形式です。あいにく小雨混じりの肌寒いで天気で、となりに聳え立つ東方明珠塔の上層部は厚く垂れ籠めた雲に覆われていましたが、アジア各国(印台豪新尼日韓星泰)からの招待者も含め1200人ほどの参加もあり、一会場のためほぼ満席に近い状態でした。朝早くから、急性骨髄性白血病(AML)、免疫性血小板減少性紫斑病(ITP)、骨髄異形成症候群(MDS)、慢性リンパ性白血病(CLL)など計12テーマを各30分という密度の濃いプレゼンテーションが行われました。個人的には以下のabstractが興味を引きました。初発高リスク急性前骨髄球性白血病のATRA+ヒ素併用療法対ATRA+idarubicinのランダム化第III相比較試験で、ヒ素併用群で極めて良好な成績が得られたこと(ASH 2012 abstract #6、以下同じ)、臍帯血のダブルとシングルユニット移植成績の後方視的比較で急性白血病第一寛解期ではダブル群で無再発生存率が優れていたこと(#232)、MDSの改訂版国際予後リスク分類(Blood 2012;120:2454, JCO 2012;30:820)のazacitidine治療例への応用(#422)、真性多血症治療での至適ヘマトクリット値は45%未満であることが確認されたこと(#4、NEJM 2013;368:22)、CLLのFludarabine/Cyclophosphamide(FC)併用対Rituximab上乗せ(FCR)ランダム化比較試験(Lancet 2010;376:1164, Lancet 2011;377:205)の長期成績でFCRでの全生存期間(OS)の延長が再確認されたこと(#435)、初発多発性骨髄腫でBortezomib/Melphalan/Prednisone(VMP)対Thalidomide上乗せ(VMPT)+VT維持療法ランダム化比較試験で後者でのOSの延長(#200)。各講義終了後には質疑時間が20分以上設けられ、スマートフォンやiPadを手に中国語での同時通訳ヘッドセットを頭に載せた20-30代の中国人研究者も多かったのですが、活発な英語での討議が行われました。また、ポスター発表も42演題が登録され、内訳は中国13、日本10、韓国6、豪州5、印度4、星加坡2、台湾2でした。筆者らのグループは米国食品医薬品局のデータベースを用いたITP患者におけるthombopoietin受容体アゴニスト使用後のAML発症リスクシグナル解析についてポスター発表を行いました(#3541)。同様の懸念は引き続き解析が続けられており、本会議でもITP患者と低リスクMDS患者でそれぞれromiplostim(#2185と#421;芽球増化のため試験中途で中止)、eltrombopag(#2195と#923)の成績が示され、今後の安全性情報の集積が一層注目されるところです。また、新たな分子標的薬として、quizartinib(#48)、ponatinib(#163)、ibrutinib(#189)、idelalisib(#191)、carfilizomib(#333)、volasertib(#411)など多くの新薬候補が次々に紹介されました。医療制度が異なるため比較には注意が必要ですが、治験参加者数で15倍、医師主導治験年間実施数で200倍の日米格差がある中、ドラッグ・ラグ問題の難しさを改めて認識しました(NEJM 2012;367:1165、Lancet 2011;378:1265、 Lancet 2012;380:1647、Invest New Drugs 2013;31:473)。医薬品市場の成長率(2009年)は日本0.4%、欧州1.8%、北米3.2%、アジア/アフリカ/豪州13.3%、ラテンアメリカ16.3%、日本の医薬品輸入超過は10年連続で拡大し、2011年では2兆3929億円に上っています。相対的に日本のプレゼンスが薄れる中、近い将来には東アジアでの日本の立ち位置を見直さざるを得なくなるでしょう。意見交換会では泰国、印度尼西亜や台湾の若手研究者から東南アジアでは非常にサラセミア患者が多いことなども伺い、紅色のコングレスバックは血液学と共産党のどちらのメタファーなのか思案しながら無事学会場を後にすることが出来ました。最後になりましたが、貴重な参加機会を頂きました、日本血液学会事務局及び国際委員会の先生方、東京大学医科学研究所の湯地晃一郎先生、大島康雄先生、東條有伸先生、上昌広先生、ナビタスクリニック/鉄医会の久住英二先生や福島県のときわ会常磐病院の常盤峻士先生他スタッフの皆様方にはこの場をお借りして厚く感謝申し上げます。(終)

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