日本血液学会 造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン2023年度版

このガイドラインについて

1. はじめに

がんはゲノムの異常に起因する疾患である。すなわち、がんの起源となる細胞とこれに由来する子孫の細胞集団に、先天的、もしくは後天的に獲得されたゲノムの異常が蓄積し、これによってクローン選択を受けた遺伝学的に多様な細胞集団が形成されて、がんの病態が形成されるのである5。従って、臨床病理学的ながんの病態形成においては、遺伝子の変異・異常が本質的な役割を担っている。こうしたゲノム異常の重要性は、当初、造血器腫瘍を主要な研究対象とした染色体解析を用いた細胞遺伝学的研究によって見いだされた。1960年代に端を発する一連の研究によって、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫に代表される造血器腫瘍では、しばしば異なる患者で繰り返し生じている病型特異的な染色体の異常が認められ、それらが腫瘍の臨床病理像や予後と密接な関連を有することが明らかにされた。この流れを汲み、細胞遺伝学的解析(古典的な染色体検査)が、1980年代に造血器腫瘍の診療に導入され、今や、診断、予後予測、治療法選択のうえで不可欠な臨床検査として日常診療に定着していることは承知の通りである。さらに、分子生物学の進歩によって、こうした染色体異常、とくに染色体転座を中心として、その分子メカニズムの解明が進み、染色体異常により生じる融合遺伝子の形成、がん遺伝子の発現亢進等が腫瘍化の本態であることが判明すると、これらをFISH法や、サザンブロット法、PCR法などにより直接的に検出する臨床検査も日常的に行われるようになった。例えばBCR::ABL1に代表される融合遺伝子の検査が20年ほど前から造血器腫瘍の診療に取り入れられ、診断のみならず予後予測や治療法選択に広く利用されている。
 一方、1980年代にはいって、遺伝子の点突然変異やゲノムの小さな挿入、欠失や重複など、染色体解析では同定不可能な多彩な異常が、がんのクローン選択に関わっていることが明らかとなった。こうした異常の検出には、技術的に煩雑なサンガーシークエンス等による解析が必要であることから、がんにおけるゲノム異常の全体像を解明し、これを診断・治療選択に用いるためには、解析の精度や効率の点で大きな技術的な障壁が存在した。ところが、大量並列シークエンスによる塩基配列決定技術の登場によって、ヒトのがんゲノム研究は大きな展開を迎えた。革新的なシークエンス技術によって、がんゲノムの異常が網羅的に解析された結果、今や、造血器腫瘍を含む殆どのがんにおいて、それらの発症に関わる遺伝子異常の全体像が解明され、実際の臨床検体においても、高速かつ安価に検出することが可能となった。すなわち、革新的なシークエンス技術を用いて、これまでの検査法では検出できなかった、造血器腫瘍に特異的な遺伝子異常が数多く見出され、造血器腫瘍の診断、治療法選択、予後予測において有用性が高いことが分かってきた。例えば、腫瘍細胞の増殖・不死の原因となっている遺伝子異常を同定することで、分子標的治療薬の選択が可能となるだけでなく、将来的に新規治療薬の開発につながる可能性がある。さらに、遺伝子異常と対応する臨床情報の蓄積がすすみ、特定の遺伝子異常と治療反応性の関連も明らかとなり、ゲノム情報が治療方針の決定に不可欠となりつつある。また、特定の遺伝子異常が、一部の造血器腫瘍において高い特異性をもって検出されることから、診断の確定に有用なことも明らかになった。さらに、ABL1キナーゼ阻害剤、FLT3阻害剤などの分子標的薬に対する耐性の早期発見にも、遺伝子変異の検出が不可欠である。これらの遺伝子異常を遺伝子パネル検査によって網羅的に確認することにより、造血器腫瘍の患者において、より精密な情報に基づいた臨床上での方針決定(precision medicine)が可能になる。
 本ガイドラインでは、造血器腫瘍およびその類縁疾患の診療過程に沿って、遺伝子パネル検査を含めたゲノム検査が活用されるべき状況について概説する。遺伝子異常の臨床的有用性を学会指針、文献等をもとに評価し、造血器腫瘍、およびその類縁疾患に対する「がん遺伝子パネル検査」の基盤となる遺伝子群を、「遺伝子・疾患別エビデンスレベル」として提示する。さらに、遺伝子パネル検査の使用法に関して、科学的エビデンスに基づいた推奨度を「疾患・病期別パネル検査推奨度」として提案する。

2. 造血器腫瘍における遺伝子パネル検査の一般的な考え方

造血器腫瘍に対する遺伝子パネル検査は、「診断」、「治療法選択」、「予後予測」の各観点における臨床的有用性を踏まえて活用されるべきであることから、本ガイドラインでは、造血器腫瘍およびその類縁疾患の診断から治療までの経過に沿って、その臨床的有用性を記載した。

3. 「遺伝子・疾患別エビデンスレベル」における有用性の評価基準について

「遺伝子・疾患別エビデンスレベル」では、診断、治療法選択、および予後予測における有用性の観点から各遺伝子異常を疾患別に評価し、それぞれの項目について臨床上のエビデンスレベルを付与した(表1)。エビデンスレベルの基準は、米国の「がんゲノム診断における3学会合同指針」(一部改変)6に準拠した。さらに、エビデンスレベルを総合的に評価し(図1)、特に有用性が高いと考えられる遺伝子異常(グレード1および2に属する遺伝子異常)を抽出し、造血器腫瘍の診療に係わる医学的判断に資する遺伝子群として表記した。

4. 「遺伝子・疾患別エビデンスレベル」における表記項目について

遺伝子名:遺伝子名の表記はHGNC(HUGO Gene Nomenclature Committee)で推奨される表記法7に統一し、その他の通称は別名として併記した。

該当する造血器腫瘍:当該遺伝子異常を認める造血器腫瘍の種類をWHO分類 2017改訂版をもとに表記した。なお、造血器腫瘍との鑑別がときに困難な疾患や、造血器腫瘍で見られる遺伝子異常を共有する病態(aplastic anemia、age-related clonal hematopoiesis/clonal hematopoiesis of indeterminate potentialなど)についても一部記載した。略称に関しては(表2)を参照のこと。

臨床的有用性:当該遺伝子異常の診断、治療法選択、予後予測の各観点におけるエビデンスを評価し(表1)、その臨床上の有用性を総合的に判断しグレード判定した(図1)。エビデンスレベルはAからDの4段階で表記し、最もエビデンスレベルが高い場合をAとした。「診断」、「治療法選択」、「予後予測」のいずれかのカテゴリーで、エビデンスレベルがAもしくはBと判定された遺伝子異常は、臨床的有用性が最も高いグレード1と判定し、エビデンスレベルがCもしくはDのみの遺伝子異常はグレード2とした。一方で、エビデンスに乏しく、臨床的有用性が明らかでない遺伝子異常はグレード3、遺伝子異常が腫瘍性であるエビデンスのないものは、グレード4とし、今回のガイドラインにはグレード1および2に該当する遺伝子異常のみ掲載した(図1)。

遺伝子異常の機能的意義とその種類:当該遺伝子異常の結果として生じると予想される機能的変化について示した。まず、機能獲得を引き起こす異常、機能喪失・低下を引き起こす異常、機能不明な異常に分類し、括弧内に遺伝子異常の種類・特性を示した。同時に、頻度の高い遺伝子変異が存在する場合には、当該変異により生じるアミノ酸置換について示した。

a. 機能獲得:当該遺伝子異常によって、その遺伝子産物(タンパクなど)が高発現する場合、異所性・異時性に発現する場合、本来の蛋白にない新たな機能を獲得する場合、および、正常型の遺伝子産物の機能を阻害する場合(ドミナントネガティブ)などである。遺伝子異常の種類としては、活性化変異、コピー数の増加、融合遺伝子の形成、遺伝子の再構成などが挙げられる。

a-1. 遺伝子の活性化や新規機能の獲得等に関わる変異:変異によって本来の遺伝子機能・活性の増強が生ずる場合。FLT3遺伝子内重複(internal tandem duplication: ITD)やKRAS変異などのように遺伝子産物の本来備わる機能が亢進する場合や、IDH1/2変異などのように遺伝子産物が新たな機能を獲得する場合(新規酵素活性獲得)、TP53変異やCBL変異などのように正常型の遺伝子産物および相同遺伝子産物の機能が阻害される場合、ABL1変異などのように薬剤耐性が付与される場合、などが挙げられる。しばしば、特定のアミノ酸部位への変異の集積(ホットスポット形成)が認められることから、従来のサンガーシークエンスでも検出可能であるが、次世代シークエンス技術を用いた解析方法により効率的・高感度な検出が可能である。

a-2. コピー数増幅:常染色体上のゲノムDNAは通常1体細胞当たり2コピーであるが、そのコピー数が増えることにより、遺伝子機能が増強される。悪性リンパ腫で認められる8q24:MYC増幅や9p24:CD274(PD-L1)増幅などが挙げられる。従来、遺伝子のコピー数評価のために、当該領域を標的としたfluorescent in situ hybridization(FISH)やmultiplex ligation-dependent probe amplification(MLPA)法が用いられていたが、スループットが低いという欠点がある。WGS(whole genome sequencing)やWES(whole exome sequencing)などの次世代シークエンス技術を用いることで高解像度のコピー数解析をゲノム全体で行うことが可能である。さらに、当該領域にプローブを設計したtargeted NGS(next-generation sequencing)でも効率的な検出が可能である。

a-3. 融合遺伝子:染色体の転座、逆位、欠失、増幅などの構造変化により複数の遺伝子が連結し、新たな遺伝子が形成され、融合タンパク質がコードされる場合である。代表的な融合遺伝子として、ALLやCMLで認められるBCR::ABL1融合遺伝子やAMLで認められるRUNX1:: RUNX1T1PML:: RARA融合遺伝子が挙げられる。従来、染色体検査、FISH、RT-qPCR(reverse transcription quantitative polymerase chain reaction)などによる検出が行われてきたが、染色体検査は感度が十分でない、FISHやRT-qPCRはスループットが低い、という欠点がある。WGSやRNA-sequencingなどの次世代シークエンス技術を用いることで、高感度かつ網羅的に評価することが可能である。RT-qPCRやRNA-sequencingは、RNAを逆転写した相補鎖DNA(cDNA)を用いて、融合遺伝子自体を検出するのに対して、FISHやWGSは、ゲノムDNAを用いて、融合遺伝子の原因となるDNAにおける構造変化を検出する。

a-4. その他の構造異常:染色体の転座、欠失、増幅などの構造変化により複数の遺伝子が連結されるが、融合遺伝子が転写されない場合(または、融合タンパク質として翻訳されない場合)がある。このような場合でも、プロモーターやエンハンサー、非翻訳領域などの転写調節領域が置換されることにより、標的遺伝子の過剰発現などが引き起こされる。悪性リンパ腫で認められるIGH関連転座やAMLやMDSで認められる一部のMECOM(EVI1)関連転座などが挙げられる。融合遺伝子と同様に染色体検査、FISH、WGSなどで検出可能であるが、RNAレベルの構造変化を伴わない場合が多いため、RT-qPCRやRNA-sequencingでの検出は困難である。

b. 機能喪失:当該遺伝子異常によって、遺伝子がコードするタンパクの本来の機能が喪失、もしくは低下する場合がある。遺伝子異常の種類としては、不活化変異(ナンセンス変異やフレームシフト変異など)、コピー数の減少、遺伝子を破壊する構造異常などが挙げられる。不活化変異の多くでは、一定の割合でナンセンス変異やフレームシフト変異、スプライス部位変異などが認められ、それらが遺伝子全体に渡って分布する。従って、サンガーシークエンスよる検出には大変な労力が必要となるため、WGS・WES・targeted NGSなどの次世代シークエンス技術を用いることで効率的な検出が可能となる。また、コピー数減少はFISHやMLPA法でも検出可能であるが、WGSやWES、targeted NGSを用いることで高解像度のコピー数解析を広範囲で行うことが可能である。

c. 機能不明:特定の腫瘍に高頻度に認められるが、遺伝子異常がもたらす遺伝子産物の機能変化が不明なものを機能不明と分類した。

染色体異常
当該遺伝子と関連した転座、逆位、欠失、増幅などの染色体異常を示した。

エビデンスレベル、根拠となる論文、学会指針、臨床試験
診断・治療・予後の各観点において、当該遺伝子異常の有無が治療に係わる医学的判断に資するか否かを学術論文、学会指針、臨床試験をも元に判断し、エビデンスレベルとして表記した(表1)。学術論文はPubMed IDで示した。WHO 1,2,8、ICC(international consensus classification)3,4. ELN 9,10、NCCNの各指針に関しては、下記の参考文献・資料の項を参照のこと。臨床試験は米国のNational Clinical Trial(NCT)Identifier Number(NCT number: https://clinicaltrials.gov/ct2/home)を表記した。また、一部の生殖細胞系列のバリアントに関しては、Online Mendelian Inheritance in Man(OMIM: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/omim)を参照した。

遺伝子異常と関連して、当該疾患に対して薬事承認、FDA承認された薬剤
遺伝子異常により生じる分子やその機能を直接標的とする薬剤のうち、当該疾患に対して、本邦、もしくは米国のFDAで薬事承認されたもの。薬剤の適応に遺伝子異常に関する規定がない場合はその旨を「その他コメント」に記載した。

遺伝子異常と関連して、他の腫瘍に対して薬事承認、FDA承認された薬剤
遺伝子異常により生じる分子やその機能を直接標的とする薬剤のうち、当該疾患以外の腫瘍に対して、本邦、もしくは米国のFDAで薬事承認されたもの。

5. 遺伝子異常の検出法について

遺伝子異常を検出可能な各検査法の特性を以下に示す。

a. 染色体検査:分裂中期の染色体をG-分染法等で染色、観察することで、染色体の異数性や構造異常(転座、逆位、欠失、増幅等)をゲノム全体にわたって、単一細胞レベルで評価することが可能な検査方法である。一般には、染色体検査のみで、異常に関わる標的遺伝子の特定に至ることは難しい。細胞の培養状態等により、分裂中期像が得られない場合には解析不能である。

b. FISH(fluorescent in situ hybridization):遺伝子座特異的な蛍光標識された核酸プローブを用いて、融合遺伝子の形成や遺伝子の再構成に至る染色体の構造異常やコピー数変化を検出する方法である。解析には間期核を用いるため、染色体検査で分裂中期像が得られない場合でも染色体の構造異常やコピー数変化を検出することが可能である。免疫グロブリン遺伝子座やT細胞受容体遺伝子座を含む染色体転座(IGH:: BCL2, IGH:: MYCなど)や融合遺伝子を伴う逆位や転座(PML:: RARA, NPM1:: ALKなど)、また、遺伝子増幅を含むコピー数異常(MYC遺伝子の増幅など)の検出に有効である。

c. MLPA(Multiplex Ligation-dependent Probe Amplification):鋳型DNAにハイブリダイズしたプローブをPCRにより増幅することにより、対象ゲノム領域のコピー数変化を定量的に解析する方法である。ALLにおけるIKZF1など一部の遺伝子のコピー数減少の判定に用いられる場合がある。

d. Sanger sequencing:古典的なサンガーシークエンス法を用いた解析。対象とする遺伝子領域を特異的プライマーを用いてPCR増幅した後、増幅産物を解析する。スループットの観点から、解析可能な遺伝子数・領域には著しい制限があり、網羅的な遺伝子解析には適さない。異常の検出感度も低い。

e. ASO-PCR(allele-specific oligonucleotide PCR):既知の遺伝子異常(ミスセンス変異など)の検出を高感度に行う方法である。既知の遺伝子異常に対応するプライマー、もしくはプライマー・プローブのセットを用いてPCRを行い、遺伝子異常を特異的に検出する方法である。MYD88 L265P変異、BRAF V600E変異などの検出に有効である。

f. RT-qPCR(reverse transcription quantitative PCR):リアルタイムPCR法とも呼ばれる。RNAから逆転写酵素を用いてcDNAを作製し、標的遺伝子特異的なPCRプライマーと蛍光プローブ、もしくは核酸と結合する蛍光色素を用いて標的RNAの発現量を定量解析する方法である。融合遺伝子の定量解析に有用であり、病型診断や測定可能残存病変・微小残存病変(MRD: measurable/minimal residual disease)の解析などに広く臨床応用されている。RNA-sequencingとは異なり、プライマーを設計した既知の融合遺伝子のみ検出可能である。

g. WGS(whole genome sequencing):次世代シークエンサーを用いて、全ゲノム領域を解読する、最も包括的な手法である。1塩基変異(single-nucleotide variant: SNV)だけでなく、挿入・欠失(insertion or deletion: INDEL)、コピー数変化(copy-number variation: CNV、減少、増幅、ヘテロ接合性の消失などを含む)、大規模な構造異常(structural variation: SV、転座、逆位、欠失、重複などを含む)、外来性ゲノム(EBVやHTLV-1ゲノムなど)などを検出可能である。特に非コード領域の遺伝子異常や構造異常の検出に有効である。現状ではシークエンス費用及び取得データ量の問題から、シークエンス深度が30~50×程度*の場合が多く、がんゲノム解析には十分ではない。今後、シークエンス費用や解析に要する時間の改善、取得データ量の最適化、得られたデータの解釈の検討などが、臨床導入に向けた課題である(表3)。

h. WES(whole exome sequencing):次世代シークエンサーを用いて、ほぼすべての遺伝子のコーディングエクソン領域(タンパクをコードするゲノム領域)を解読する方法である。がんのドライバーとなる可能性の高い遺伝子領域を集中的に解読することで、解析時間と費用の効率化を実現できる。コーディングエクソン領域に存在する遺伝子異常(SNV, INDELなど)を検出可能であるが、非コード領域の遺伝子異常や構造異常の検出は困難である。WESでは、コーディングエクソン領域以外の非翻訳領域(UTR: untranslated region)やmicroRNAなどが対象に含まれる場合もある。通常、100×程度のシークエンス深度*を得ることが可能であるが、腫瘍割合が低い場合やサブクローナルな異常の検出率は十分ではない(表3)。

i. Target sequencing:一般的に「がん遺伝子パネル検査」に用いられる遺伝子異常の検出法である。相補的核酸プローブを用いたハイブリダイゼーション(targeted-capture sequencing)やPCRによるアンプリコン増幅(amplicon sequencing)によって、標的とするゲノム領域を選択的に濃縮し、次世代シークエンサーを用いて網羅的に解析する。解析対象の遺伝子・遺伝子座が決まっている場合(がん遺伝子パネル検査など)には、シークエンス費用、必要データ量、解析に要する時間などの観点から、現状では 最も現実的なシークエンス法である。一般的に300×以上のシークエンス深度を得ることが可能であるため、腫瘍細胞のクローン構造解析やMRD解析にも応用可能である。また、RNAから逆転写された相補鎖DNAを用いたtargeted RNA-sequencingも可能であり、融合遺伝子の同定に有用である(表3)。

*次世代シークエンサーを使用したゲノム解析では、数百ベースに断片化したDNAの塩基配列を網羅的に解読し、各DNA断片の配列を標準ゲノム配列(reference genome)と照合することで、包括的な遺伝子変異解析をおこなう。検査対象領域の塩基を照合した回数の平均値をシークエンス深度(depth)とよぶ。例えばWESが100×のシークエンス深度で行われた場合、エクソン領域の塩基が平均で100回シークエンスされたことを示す。次世代シークエンサーによる解析は、一定の頻度で解読エラーが起こるため、シークエンス深度が高いほど、信頼度の高い塩基配列情報が得られる。例えば最近報告された遺伝子プロファイリングに基づいた米国の臨床試験(BeatAML study)では、DNAのシークエンスにTargeted-capture sequencing 法を用いているが、平均500×のシークエンス深度で検査が行われ、150×未満のシークエンス深度の場合は検査適格基準を満たさないと判断されている11

j. RNA-sequencing:次世代シークエンサーを用いて、RNAから逆転写された相補鎖DNAを解読することにより、トランスクリプトーム全体を評価する方法である。遺伝子の発現定量 やスプライシングバリアントの検出、融合遺伝子の同定などに有用であり、未知の異常を含めて網羅的な探索が可能である。遺伝子異常の検出も可能であるが、変異の検出精度は低い。

k. CGH(comparative genomic hybridization)/array CGH/SNPsアレイ:ゲノムのコピー数変化を網羅的に解析する方法である。腫瘍組織と対照組織から抽出したゲノムDNAを異なる蛍光色素で標識をしたのちに混合して分裂中期の染色体にハイブリダイゼーションを行う。蛍光シグナルの比を観察することで、腫瘍組織のゲノムコピー数変化を検出する。array CGHは分裂中期の染色体の代わりに、数百~数千のDNAプローブをスライドグラス上に配置したものに対してハイブリダイゼーションを行うことで解像度を数十Kbに高めたものである。さらにSNPsアレイは数十万のSNPsタイピングを行うマイクロアレイをコピー数解析に応用したものでありアレル不均衡を検出することができる。

6.造血器腫瘍の診療過程におけるゲノム検査の活用について

造血器腫瘍に対する診療においては、形態所見や免疫学的検査による診断に加えて、ゲノム検査結果も統合した所見による正確な「診断」が必須である。さらに、分子標的療法を含めた薬物療法などの「治療法選択」を行い、遺伝子異常も含めた「予後予測」に基づいて造血幹細胞移植等の適応を精緻に検討することが求められる。すなわち、造血器腫瘍と診断された段階、もしくは造血器腫瘍が疑われた段階で(初発時)、化学療法の開始前から多くの患者がゲノム検査を行うべき対象となる。同時に、再発時、治療抵抗状態の評価においてもゲノム検査の有用性が示されている。また、再生不良性貧血、先天性骨髄機能不全症等の血球減少をきたす疾患においては、ときに造血器腫瘍との鑑別が困難であり、遺伝子パネル検査による遺伝子異常の評価が確定診断に有用である。さらに、このような造血器腫瘍類縁疾患においては、将来的な造血器腫瘍発症のリスクが高いことが知られており、パネル検査による、経時的な異常クローンの質および量的評価が、治療方針を決定するうえで重要である。

a. 初発時におけるゲノム検査の活用

a-1. ゲノム異常に基づく診断の補助
造血器腫瘍の中には罹患する患者が極めて少ない希少病型があり、その診断が困難であるために、適切な治療が選択できない等の課題がある。血液病理医等による病理診断、フローサイトメトリー法による表面抗原解析やその他生化学的検査に加えて、ゲノム異常に関する情報を追加することで、正確な診断とこれに基づいた適切な治療方針を選択することが可能となる。例として、Hairy cell leukemia診断におけるBRAF V600E変異、Waldenström macroglobulinemia診断におけるMYD88 L265P変異の検出が挙げられる。また、腫瘍性疾患(前がん状態を含む)と非腫瘍性疾患の鑑別が困難な造血器腫瘍類縁疾患に対して、ゲノム異常に関する情報に基づき、より正確な診断や予後の予測等を行うことで適切な治療方針の選択が可能となる。
 口腔粘膜、皮膚由来線維芽細胞等より抽出したDNAを同時に解析することにより、疾患発症の背景に、造血器腫瘍に関連した生殖細胞系列の病的バリアントの有無を鑑別することが可能となる。また、患者に生殖細胞系列の病的バリアントを認めた場合、患者のみならず、患者の親族における造血器腫瘍発症のリスクを予測、診断できる可能性がある。

a-2. ゲノム異常に基づく予後予測
造血器腫瘍の予後や治療効果が、ゲノム異常によって予測できることが知られている。例えば、AMLでは、FLT3、NPM1、CEBPA、TP53等の遺伝子変異が治療反応性や予後を反映する10,12。また、これらの遺伝子異常は、単に予後予測における有用性に止まらず、寛解導入療法後の治療強度の層別化や、造血幹細胞移植治療(以下、「移植」という)の適応を決める臨床的判断に有用である。

a-3. ゲノム異常に基づく治療法の選択
一部の遺伝子異常に対しては、その遺伝子異常により生じる分子やその機能を直接標的とするとする阻害剤が存在する。BCR::ABL1融合遺伝子をもつ慢性骨髄性白血病に対するABLキナーゼ阻害剤は標準治療の一部であり、さらに最近では、FLT3変異に対するFLT3阻害剤、IDH1もしくはIDH2変異に対するIDH阻害剤の直接的な効果が期待されている。また、遺伝子異常により生じる分子を直接標的としないものの、遺伝子異常により活性化した(下流の)シグナル伝達経路が治療標的となる場合がある。例として、NRASKRAS変異を有する腫瘍に対するMEK阻害剤、CD79BMYD88変異をもつ腫瘍に対するBTK阻害剤が挙げられる。さらに、BRCA1/2変異に対するPARP阻害剤のように、synthetic lethality(合成致死性)を治療標的とする場合もある。昨今、新規分子標的薬が次々に開発され、臨床試験・治験が盛んに行われている。有効性が期待できる治療薬の適応を正確に判断するために、ゲノム検査の必要性がより高まっている。実際、一部の分子標的薬の保険診療上での使用に際しては、いわゆるコンパニオン診断薬による遺伝子異常の検出が必要条件となる。コンパニオン診断薬は汎用性に優れる一方で、検出可能な遺伝子異常が限られているため、将来的にはパネル検査が、その役割を担うことが期待されている。
 患者に生殖細胞系列の病的バリアントを認めた場合、先天性角化不全症、ファンコニ貧血等の一部の疾患においては、造血幹細胞移植時の前処置による臓器障害発症や二次がん発症のリスクが高いことが知られており、前治療を減弱することが学会指針等で推奨されている13。さらに、生殖細胞系列の病的バリアントを有する患者に対する造血幹細胞移植ドナーの選択に際しては、ドナー候補となる血縁者も同様の生殖細胞系列の病的バリアントを保有している可能性があり、移植後の造血不全や造血器腫瘍の発症のリスクを回避する観点から、ドナーのゲノム検査結果に基づいたドナー選択が必要となる可能性がある13-15

b. 再発時、治療抵抗状態におけるゲノム検査の活用

b-1. ゲノム異常に基づく治療方針の選択
患者個体内の造血器腫瘍は、初診時より遺伝子背景の異なる多クローンの腫瘍細胞から形成されており、初診時と再発時では主体となる腫瘍細胞の遺伝子背景が異なることがある。再発時の適切な治療方針決定のために、遺伝子パネル検査等による腫瘍細胞の遺伝子背景の再評価が必要である。また、ゲノム検査が薬剤耐性の早期発見につながり、治療薬の変更を含めた治療方針決定に有用なことがある。たとえば、イマチニブに対する耐性獲得の指標としてABL1のT315I変異が知られており、この異常が同定された場合、他剤への変更が推奨されている。

c. その他

c-1. 微小評価可能病変・微小残存病変(MRD: measurable/minimal residual disease)の検出
化学療法や移植治療後のMRD検出は、治療反応性の評価や、腫瘍の再発・治療抵抗性を早期に発見・予測するうえで非常に重要である。MRDに基づいた精緻な病勢評価をおこない、化学療法、移植治療の効果が不十分である患者を選別することにより、層別化治療が可能となる。実際、一部の造血器腫瘍では 、化学療法後にMRDを評価し、再発リスクが高く移植の必要性が高い患者のみ移植治療を行い、再発リスクの低い患者に対しては、移植治療を回避するなど、MRDに基づいた層別化治療が標準治療として実施されている。PCR法や遺伝子パネル検査法により、腫瘍細胞特異的な遺伝子異常を高感度で検出し、MRDを評価することが可能であり、とくに一部の造血器腫瘍においては、NGSを用いたMRD検出法の有効性が示唆されている。

7.生殖細胞系列の病的バリアントについて

近年の網羅的なゲノム解析技術の進歩の結果、生殖細胞系列の病的バリアントは造血器腫瘍の病態における遺伝的背景として従来の想定よりも高頻度に関与していることが明らかになった。そのため、遺伝子パネル検査の標準的な手法として想定される標的シークエンスでは、多数の遺伝子を解析するため、標的遺伝子に存在する体細胞系列の遺伝子異常に加えて、生殖細胞系列の病的バリアントが検出されることがある。このうち、当初の検査目的とは異なる疾患の発症と関連する生殖細胞系列の病的バリアントが判明した場合や、当該疾患と関連する体細胞変異を想定した検査において生殖細胞系列の病的バリアントが判明した場合、そのバリアントを「二次的所見: secondary findings」とよぶ。米国遺伝学会(ACMG: American College of Medical Genetics and Genomics)は、二次的所見を認めた場合の患者対応に関して、病的意義があり、かつ予防法や治療法があり、その存在を知らせることで患者と家族に利益があるという観点から、患者に報告すべき遺伝子のリストを作成した16,17。また、本邦においても固形腫瘍のゲノムプロファイリング検査における二次的所見の取り扱いについて、「がん遺伝子パネル検査二次的所見患者開示 推奨度別リスト」が公開されている(http://sph.med.kyoto-u.ac.jp/gccrc/pdf/k101_kentousiryo_v1.pdf)。一方で、これらのリストに含まれていない遺伝子であっても、若年性骨髄単球性白血病におけるNoonan症候群(PTPN11)、CBL症候群(CBL)など、造血器腫瘍の発症と深く関連する疾患が、造血器腫瘍を対象とした遺伝子パネル検査を通じて診断される可能性がある。
 当該疾患の発症・進展に直接関連する生殖細胞系列の病的バリアントを「一次的所見: primary findings」とよぶ。造血器腫瘍に関連した生殖細胞系列の病的バリアントに関しての知見が集積しつつあるが18-20、発症リスクなどの臨床的意義については未知な点も多く、疾患や患者の特性や想定される治療を考慮してケース毎に対応する必要がある。また、一部の骨髄系腫瘍にみられるDDX41遺伝子変異のように21、生殖細胞系列の病的バリアントが、小児期、青年期のみならず、比較的晩期に発症する造血器腫瘍にも関与する可能性があること、必ずしも造血器腫瘍の家族歴を認めないことにも留意すべきである。従って、造血器腫瘍に関連した生殖細胞系列の病的バリアントの存在が疑われた場合は、浸透率や関連する疾患の病態が遺伝子ごとに異なることから、その対処には慎重を期するべきである。生殖細胞系列のRUNX1遺伝子のバリアントに関するガイドラインが、米国のNHGRI(National Human Genome Research Institute)のサポートを受けたClinGen(Clinical Genome Resource)と米国血液学会との共同で最近作成されている22。他の遺伝子に関しても同様の指針が今後作成されることが期待される。
 遺伝性骨髄不全症候群(IBMFS: inherited bone marrow failure syndromes)は遺伝学的な要因により造血不全をきたす疾患群の総称であり、代表的なものとしてはFanconi貧血や先天性角化不全症、Shwachman–Diamond症候群などが含まれる。このようなIBMFSはそれぞれの疾患に特徴的な症状や検査値異常を伴いうるが、その一方で、骨髄不全以外の臨床症状を欠くIBMFS患者も少なからず認められることから、特発性再生不良性貧血をはじめとする小児骨髄不全症の診断においてIBMFSを鑑別することは重要である。また、これらのIBMFSは、MDSやAMLを一定の確率で発症するものが多く18、例えばFanconi貧血ではその20~30%がMDS/AMLに移行する23。IBMFSを背景とした造血器腫瘍は成人期に発症することも多く、また、骨髄不全やその他の併発症状が軽度なため診断されることなく経過し、造血器腫瘍が初発症状となることもある。
 生殖細胞系列の病的バリアントを検出する可能性については、パネル検査を実施する前に患者およびその家族に対して適切な説明がなされていなければならない。今後、浸透率の定量的評価など病的意義に関する知見の蓄積や、生殖細胞系列の病的バリアントに対する我が国の基本的な対応方針の方向性を踏まえ、臨床現場における対応の検証が必要である。

8. 遺伝子パネル検査が活用されるべき状況について:「疾患・病期別パネル検査推奨度」

固形がん患者を対象にした遺伝子パネル検査が、本邦においても2019年6月に保険適用となった。2023年12月現在、遺伝子パネル検査は、D006-19 がんゲノムプロファイリング検査として、患者一人につき一回に限り算定が可能である。この検査は「固形腫瘍の腫瘍細胞を検体とし、100以上のがん関連遺伝子の変異等を検出するがんゲノムプロファイリング検査」と定義されており、対象は「標準治療がない固形がん患者又は局所進行もしくは転移が認められ標準治療が終了となった固形がん患者(終了が見込まれる者を含む)」であり、「関連学会の化学療法に関するガイドライン等に基づき、全身状態及び臓器機能等から、当該検査施行後に化学療法の適応となる可能性が高いと主治医が判断した者」に限られている(保医発0305第1号令和2年3月5日)。また、この検査は、十分な体制が整備された施設で行うこととされており、「がんゲノム医療中核拠点病院」「がんゲノム医療拠点病院」「がんゲノム医療連携病院」でのみ実施可能となっている。
 造血器疾患においても、診断、予後予測、治療法選択の各場面で遺伝子パネル検査が有用であるが、その特性から、造血器腫瘍及びその類縁疾患患者を対象とした遺伝子パネル検査の最適な使用法、運用方法は、固形がんのそれとは必ずしも同様でない。本ガイドラインでは、造血器腫瘍及びその類縁疾患に関連した多数の遺伝子の変異等を検出するがんゲノムプロファイリング検査を「遺伝子パネル検査」と定義し、将来の造血器疾患の臨床における指針となるべく、その使用法に関して、各疾患・病期ごとに検討し、現時点の科学的エビデンスに基づいた推奨度を「疾患・病期別パネル検査推奨度」として提示する。
 現行の固形がん患者を対象にした保険診療下でのパネル検査においては、結果を患者に提供するにあたり、検査結果を医学的に解釈するために、多職種の専門家集団(エキスパートパネル)で結果を検討することが求められている。検体採取から遺伝子解析、解析結果のエキスパートパネルでの検討を経て主治医へ報告書が提供されるまでには、おおよそ1ヶ月の所要期間(TAT: turnaround time)を要することが一般的である。一方で、急性白血病等の一部疾患においては、検査結果の迅速な返却が、臨床的に有用であることも示唆されており11、本ガイドラインでは、TATにとらわれることなく遺伝子パネル検査の疾患・病期別推奨度を提示する。なお、「疾患・病期別パネル検査推奨度」における薬剤に関する記載に関しては、該当する疾患、病期において当該遺伝子異常に対して国内承認・FDA承認がある薬剤、もしくはガイドラインでその使用が推奨されているものを対象とし、2023年12月時点で、国内未承認(N: not approved)か、適応外(O: off label)かがわかるよう記載した。推奨度レベルは4段階 [SR: strong recommendation(強く推奨する)、R: recommendation(推奨する)、CO: clinical option(考慮してもよい)、NR: no recommendation(推奨しない)]で表記し、各推奨度の定義は以下の通りである。

SR:強く推奨する(Strong recommendation)
パネル検査によって判明する遺伝子情報の臨床的有用性が、高いエビデンスを持って証明されている、もしくは、学会指針・専門家によるガイドライン等で示されている。治療方針の選択に必須であるため、パネル検査が強く推奨される。

R:推奨する(Recommendation)
パネル検査によって判明する遺伝子情報の臨床的有用性が、高いエビデンスを持って証明されている、もしくは、学会指針・専門家によるガイドライン等で示されている。治療方針の選択に有用である可能性があるため、パネル検査が推奨される。

CO: 考慮してもよい(Clinical option)
パネル検査によって判明する遺伝子情報の臨床的有用性に関して、一定のエビデンスがあり、状況に応じてパネル検査を考慮しても良い。

NR: 推奨しない(No recommendation)
パネル検査によって判明する遺伝子情報の臨床的有用性に関して、十分なエビデンスが確立しておらず、パネル検査は推奨しない。

注)

  1. 上記の推奨度は、本ガイドライン作成時における関連する治療薬剤の国内における承認状況は考慮しておらず、パネル検査の結果に基づく治療薬の選択については、最新の国内における薬剤承認状況に十分に留意する必要がある。
  2. 造血器腫瘍の種類をWHO分類 2017改訂版をもとに表記した。略称に関しては表2を参照のこと。
  3. 「診断」「治療法選択」「予後予測」の項目における最も高い推奨度を、各病期における総合推奨度として疾患別に表記した。

9. 遺伝子パネル検査結果の迅速返却について

急性白血病等の一部の造血器疾患においては、病勢が急速に進行するなかで、数日以内にゲノム異常を含む疾患の情報を収集し、病型に則した治療法を即座に開始することが患者の救命、長期予後の改善につながる。従って、一部の造血器腫瘍においては、パネル検査の結果を迅速に返却することの臨床的有用性が非常に高い。現在、血液病理医等による病理診断に加え、フローサイトメトリー法(FACS)による表面抗原解析、RT-qPCRを使用したキメラ遺伝子スクリーニング法等が用いられているが、診断・治療法選択が迅速にできない状況も多く、現行の検査体系は必ずしも十分とは言えない。網羅的に遺伝子異常を検出することが可能であるパネル検査を、現行の検査と組み合わせることで、より迅速かつ精緻な診断、予後予測、治療法選択が可能となる臨床的意義は大きい。
 パネル検査結果の迅速返却に際して留意すべき点として、検査の特性上(パネルの対象となる遺伝子の数、カバーするゲノム領域の分布など)、一部の遺伝子異常に関しては、その結果解釈に十分な注意が必要な点が挙げられる。例えば、遺伝子(部位)の挿入・欠失、コピー数変化、構造異常(融合遺伝子、遺伝子再構成など)等の遺伝子異常に関しては、シークエンス結果の解釈に専門家の判断が必要な場合があり、パネル検査の導入初期である現状では、迅速結果返却の対象とする際には慎重を期す必要がある。さらに、生殖細胞系列の遺伝子異常の可能性があるものに関しては、エキスパートパネルにおける検討が必要であり、現時点で迅速結果返却の適応から除外することが望ましい。
 以上に鑑み、迅速結果返却が望ましい遺伝子異常(以下「Fast-track対象遺伝子異常」)を、遺伝子異常の種類、疾患ごとに検討し、「Fast-track対象遺伝子異常」と定義した。なお、「Fast-track対象遺伝子異常」はあくまで2023年12月現在のものであり、今後の技術の進歩や、データ・経験の蓄積により、対象とすべき遺伝子異常が変化する可能性がある。従って、「Fast-track対象遺伝子異常」の適応は定期的に日本血液学会ゲノム委員会内で検討し、必要に応じてアップデートする必要がある。「Fast-track対象遺伝子異常」のリストとその定義に関しては、表4を参照のこと。

Fast-track対象遺伝子異常
以下の1)、2)、3)の全ての条件を満たす遺伝子異常とする

1)十分に臨床的有用性のエビデンスが確立されている:日本血液学会造血器腫瘍ゲノム検査ガイドラインの「診断」もしくは「予後予測」におけるエビデンスレベルがA、または、「治療法選択」におけるエビデンスレベルがC以上a
2)迅速な結果返却が臨床的にきわめて有用である: 迅速な遺伝子情報の返却が診断や治療法選択(薬剤選択など)等の臨床判断に大きく影響を与え、診療方針の決定に重要である。
3)シークエンス結果の解釈における確実性が担保されており、かつ病的意義が確立している(ホットスポット変異など)b

a 検査提出時に暫定診断である可能性をふまえ、当該遺伝子異常に関連して日本血液学会「造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン」に記載されたすべての疾患を対象とする。

b FLT3遺伝子内重複(ITD)や構造異常(融合遺伝子、遺伝子再構成など)はシークエンス結果の解釈が難しい場合があるため、現状においては対象外とする。今後、リアルワールドでのパネル検査の結果が蓄積されるに従い、その検出精度などの評価に基づき、順次迅速返却対象への拡大について、その妥当性の検討が必要である。

10. 厚生労働科学研究「造血器腫瘍における遺伝子パネル検査体制のあり方とその使用指針」について

造血器腫瘍の遺伝子パネル検査の保険診療下での臨床実装にむけ、2020年12月に、厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 がん対策推進総合研究「造血器腫瘍における遺伝子パネル検査の提供体制構築およびガイドライン作成」班(班長:赤司浩一)が発足した。研究班では、造血器腫瘍臨床の特殊性や、本邦における現行の造血器腫瘍臨床体系に鑑み、造血器腫瘍に対するゲノム医療実現に向けた問題点を整理し、そのあるべきかたちを検討した。研究班は、造血器腫瘍のパネル検査実施体制に関する検討班、造血器腫瘍に関連した生殖細胞系列の病的バリアントに関する検討班、治療薬アクセスに関する検討班、データ管理に関する検討班、ガイドライン作成班、ゲノム医療教育班の6つの小班で構成され、各小班における活動を経て、研究班全体での検討を重ね「造血器腫瘍における遺伝子パネル検査体制のあり方とその使用指針」を2022年10月にとりまとめている(https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/162131)。
 この指針では、本ガイドライン(造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン)に定めた科学的エビデンスに基づいた「疾患・病期別パネル検査推奨度」をもとに、「保険診療下での造血器腫瘍パネル検査使用指針」を提言している。具体的には、1)造血器腫瘍のゲノム医療に対応可能な検査体制・施設体系; 2)造血器腫瘍パネル検査に対応可能なエキスパートパネル開催の実現可能性・想定される各施設における実務的負荷; 3)医療経済に及ぼす影響、等のより実務的な側面を考慮したうえで、「造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン 2021年度版」において、推奨度が最も高い(SR: strong recommendation)疾患・病期のうち、保険診療下でパネル検査を実施することが最優先で強く推奨される状況を「SR_A」、強く推奨される状況を「SR_B」として定義している。

11. おわりに

日本血液学会ゲノム医療部会は、造血器腫瘍の臨床上有益なゲノム検査の指針策定を目的として2017年8月に発足し、2018年5月に「造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン」を発表した。このガイドラインでは、近い将来において薬事承認・保険収載の可能性がある造血器腫瘍に特化した「遺伝子パネル検査」を念頭において、今後実用化されるパネルに含まれることが望ましい遺伝子を臨床的な有用性という観点から選択し、その遺伝子に関して現時点で広く受け入れられている標準的な知見を総覧した。今回、2021年度版を改定するかたちで「造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン 2023年度版」をここに発表する。本ガイドラインが、我が国の血液学分野におけるゲノム医療の発展と造血器腫瘍の治癒率向上に資することを期待する。

12. 参考文献・資料

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  2. Khoury JD, Solary E, Abla O, et al. The 5th edition of the World Health Organization Classification of Haematolymphoid Tumours: Myeloid and Histiocytic/Dendritic Neoplasms. Leukemia. 2022; 36 (7): 1703-1719.
  3. Arber DA, Orazi A, Hasserjian RP, et al. International Consensus Classification of Myeloid Neoplasms and Acute Leukemias: integrating morphologic, clinical, and genomic data. Blood. 2022; 140 (11): 1200-1228.
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NCCN ガイドライン:
https://www.nccn.org/professionals/physician_gls/f_guidelines.asp

日本血液学会 造血器腫瘍診療ガイドライン:
http://www.jshem.or.jp/modules/medical/index.php?content_id=9

日本骨髄腫学会ガイドライン:
多発性骨髄腫の診療指針 第5版 日本骨髄腫学会編

13. 造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン作成委員会

日本血液学会ゲノム医療委員会委員(順不同)
安藤 弥生(国立がん研究センター中央病院 臨床研究支援部門)
赤司 浩一 委員長(九州大学大学院医学研究院 病態修復内科学)
石川 裕一(名古屋大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学)
伊豆津宏二(国立がん研究センター中央病院 血液腫瘍科 )
遠西 大輔(岡山大学病院 ゲノム医療総合推進センター)
小川 誠司(京都大学大学院医学研究科 腫瘍生物学講座)
小野澤真弘(北海道大学 血液内科)
片岡 圭亮(慶應義塾大学 血液内科)
諫田 淳也(京都大学大学院医学研究科 血液・腫瘍内科学)
加藤 元博(東京大学大学院医学系研究科 小児医学講座)
坂田(柳元)麻実子(筑波大学医学医療系 血液内科学)
真田  昌(名古屋医療センター 臨床研究センター)
鈴木 達也(国立がん研究センター中央病院 血液腫瘍科)
杉本 由香(三重大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学)
南谷 泰仁(東京大学医科学研究所 血液腫瘍内科学)
前田 高宏 副委員長(九州大学大学院医学研究院 プレシジョン医療学)
松村  到(近畿大学医学部 血液・膠原病内科)
三谷 絹子(獨協医科大学 内科学(血液・腫瘍))
村松 秀城(名古屋大学医学部附属病院 小児科)
李  政樹(名古屋市立大学医薬学総合研究院 血液・腫瘍内科学)

JSHキュレーター(順不同)
淺田  騰(岡山大学病院 血液・腫瘍内科)
伊藤 勇太(国立がん研究センター研究所 分子腫瘍学分野)
岩﨑  惇(京都大学大学院医学研究科 血液・腫瘍内科学)
越智陽太郎(京都大学大学院医学研究科 腫瘍生物学講座)
加藤 稚子(九州がんセンター 小児・思春期腫瘍科)
金森 貴之(名古屋市立大学医学部附属西部医療センター 血液・腫瘍内科)
川上 耕史(島根県立中央病院 臨床腫瘍科)
仙波雄一郎(九州大学大学院医学研究院 プレシジョン医療学)
末原 泰人(筑波大学医学医療系 血液内科学)
鈴木 康裕(名古屋医療センター 血液内科)
竹下 昌孝(東京北医療センター 血液内科)
中村 信元(徳島大学大学院医歯薬学研究部 実践地域診療・医科学分野)
永田 安伸(日本医科大学 血液内科)
原田 結花(東京都立駒込病院 臨床検査科)
平本 展大(神戸市立医療センター中央市民病院 血液内科)
池成  基(国立がん研究センター東病院 血液腫瘍科)
山本 幸也(中部大学 生命健康科学部生命医科学科)
湯淺 光博(東京大学医学系研究科 人体病理部)
横山 和明(東京大学医科学研究所 血液腫瘍内科学)

外部評価委員(敬称略、順不同)
伊藤 悦朗(弘前大学 小児科)
大賀 正一(九州大学 小児科)
大島 孝一(久留米大学 病理学)
加藤 光次(九州大学 病態修復内科学)
木崎 昌弘(埼玉医科大学総合医療センター 血液内科)
清井  仁(名古屋大学 血液・腫瘍内科学)
竹内 賢吾(財団法人癌研究会癌研究所 病理部)
半田  寛(群馬大学 血液内科学)
宮﨑 泰司(長崎大学 血液内科)
山本 一仁(愛知県がんセンター病院 血液・細胞療法部)

14. 利益相反の開示

「日本血液学会 造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン 2023年度版」利益相反の開示

15. 本ガイドラインに関するお問い合わせ

日本血液学会ゲノム医療部会:genomeguideline@jshem.or.jp

「2023年度版ゲノム検査ガイドライン」2023年12月策定

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