日本血液学会 造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン2018年版

1. はじめに

がんはゲノムの異常に起因する疾患である。すなわち、その起源となる細胞とこれに由来する子孫の細胞集団に、後天的に獲得されたゲノムの異常が蓄積し、これによってクローン選択を受けた遺伝学的に多様な細胞集団が形成されて、がんの病態が形成されるのである1.従って、臨床病理学的ながんの病態形成においては、遺伝子の変異・異常が本質的な役割を担っている。こうしたがんの理解におけるゲノム異常の重要性は、当初、造血器腫瘍を主要な研究対象とした染色体解析を用いた細胞遺伝学的研究によって見いだされた。1960年代に端を発する一連の研究によって、白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫に代表される造血器腫瘍では、しばしば異なる患者で繰り返し生じている病型特異的な染色体の異常が認められ、それらが腫瘍の臨床病理像や予後と密接な関連を有することが明らかにされた。この流れを汲み、細胞遺伝学的解析(古典的な染色体検査)が、1980年代に造血器腫瘍の診療に導入され、今や、診断、予後予測、治療法選択の上で不可欠な臨床検査として日常診療に定着していることは承知の通りである。さらに、分子生物学の進歩によって、こうした染色体異常、とくに染色体転座を中心して、その分子メカニズムの解明が進み、染色体異常により生じる融合遺伝子の形成、がん遺伝子の発現亢進等が腫瘍化の本態であることが判明すると、これらをサザンブロット法やPCR法などにより直接的に検出する臨床検査も日常的に行われるようになった。例えばBCR-ABL1融合遺伝子に代表される融合遺伝子の検査が20年ほど前から造血器腫瘍の診療に取り入れられ、診断のみならず予後予測や治療法選択に広く利用されている。
 一方、1980年代にはいって、遺伝子の点突然変異やゲノムの小さな挿入、欠失や重複など、染色体解析では同定不可能な多彩な異常が、がんのクローン選択に関わっていることが明らかとなった。こうした異常の検出には、技術的に煩雑なサンガーシークエンス等による解析が必要であることから、がんにおけるゲノム異常の全体像を解明し、これを診断・治療選択に用いることの出来る可能性については、従来、大きな技術的な障壁が存在した。ところが、2000年代後半にもたらされた大量並列シークエンスによる塩基配列決定技術の登場によって、ヒトのがんゲノム研究は大きな展開を迎えた。革新的なシークエンス技術によって、がんゲノムの異常が徹底的に解析された結果、今や、造血器腫瘍を含む殆どのがんにおいて、それらの発症に関わる遺伝子異常の全体像が解明され、実際の臨床検体においても、高速かつ安価に検出することが可能となった。すなわち、革新的なシークエンス技術を用いて、これまでの検査法では検出できなかった、造血器腫瘍に特異的な遺伝子異常が数多く見出され、造血器腫瘍の診断、治療法選択、予後予測において有用性が高いことが分かってきた。例えば、腫瘍細胞の増殖・不死の原因となっている遺伝子異常を同定することで、分子標的治療薬の選択が可能となるだけでなく、将来的に新規治療薬の開発につながる可能性がある。さらに、遺伝子異常と対応する臨床情報の蓄積がすすみ、特定の遺伝子異常と治療反応性の関連も明らかとなり、ゲノム情報が治療方針の決定に不可欠となりつつある。また、特定の遺伝子異常が、一部の造血器腫瘍において高い特異性をもって検出されることから、確定診断に有用なことがある。さらに、ABL1キナーゼ阻害剤、FLT3阻害剤などの分子標的薬に対する耐性の早期発見にも、遺伝子変異の検出が不可欠である。これらの遺伝子異常を遺伝子パネル検査によって網羅的に確認することにより、従来、診断・予後予測に有用な客観的エビデンスがなかった造血器腫瘍の患者において、より精密な情報に基づいた臨床上での方針決定が可能になる。
 本ガイドラインでは、遺伝子異常の臨床的有用性を学会指針、文献等をもとに評価し、造血器腫瘍に対する「がん遺伝子パネル検査」の基盤となる遺伝子群を提案する。

2. 造血器腫瘍における遺伝子パネル検査の一般的な考え方

造血器腫瘍に対する遺伝子パネル検査は、「診断」、「治療法選択」、「予後予測」の各観点における臨床的有用性を踏まえて活用されるべきであることから、本ガイドラインでは、造血器腫瘍の診断から治療までの経過に沿って、その臨床的有用性を記載した。

3. 造血器腫瘍ゲノム検査ガイドラインにおける有用性の評価基準について

本ガイドラインでは、診断、治療法の選択、および予後予測における有用性の観点から各遺伝子異常を疾患別に評価し、それぞれの項目について臨床上のエビデンスレベルを付与した(表1)。エビデンスレベルの基準は、米国の「がんゲノム診断における3学会合同指針」(一部改変)2 に準拠した。さらに、エビデンスレベルを総合的に評価し(図1)、特に有用性が高いと考えられる遺伝子異常(グレード1および2に属する遺伝子異常)を抽出し、 造血器腫瘍の診療に係わる医学的判断に資する遺伝子群として表記した。

4. 造血器腫瘍ゲノム検査ガイドラインの表記項目について

遺伝子名:遺伝子名の表記はHGNC(HUGO Gene Nomenclature Committee)で推奨される表記法3 に統一し、その他の通称は別名として併記した。

該当する造血器腫瘍:当該遺伝子異常を認める造血器腫瘍の種類をWHO分類 2017改訂版をもとに表記した。なお、造血器腫瘍との鑑別がときに困難な疾患や、造血器腫瘍で見られる遺伝子異常を共有する病態(aplastic anemia、age-related clonal hematopoiesis/clonal hematopoiesis of indeterminate potentialなど)についても一部記載した。略称に関しては表2を参照のこと。

臨床的有用性: 当該遺伝子異常の診断、治療法選択、予後予測 の各観点におけるエビデンスを評価し(表1)、その臨床上の有用性を総合的に判断しグレード判定した(図1)。エビデンスレベルはAからDの4段階で表記し、最もエビデンスレベルが高い場合をAとした。「診断」、「治療法選択」、「予後予測」のいずれかのカテゴリーで、エビデンスレベルがAもしくはBと判定された遺伝子異常は、臨床的有用性が最も高いグレード1と判定し、エビデンスレベルがCもしくはDのみの遺伝子異常はグレード2とした。一方で、エビデンスに乏しく、臨床的有用性が明らかでない遺伝子異常はグレード3、遺伝子異常が腫瘍性であるエビデンスのないものは、グレード4とし、今回のガイドラインにはグレード1および2に該当する遺伝子異常のみ掲載した(図1)。

遺伝子異常の機能的意義とその種類:当該遺伝子異常の結果として生じると予想される機能的変化について示した。まず、機能獲得を引き起こす異常、機能喪失・低下を引き起こす異常、機能不明な異常に分類し、括弧内に遺伝子異常の種類・特性を示した。同時に、頻度の高い遺伝子変異が存在する場合には、当該変異により生じるアミノ酸置換について示した。

a. 機能獲得:当該遺伝子異常によって、その遺伝子産物(タンパクなど)が高発現する場合、異所性・異時性に発現する場合、本来の蛋白にない新たな機能を獲得する場合、および、正常型の遺伝子産物の機能を阻害する場合(ドミナントネガティブ)などである。遺伝子異常の種類としては、活性化変異、コピー数の増加、融合遺伝子の形成、遺伝子の再構成などが挙げられる。

a-1. 遺伝子の活性化や新規機能の獲得等に関わる変異:変異によって本来の遺伝子機能・活性の増強が生ずる場合。FLT3遺伝子内重複(internal tandem duplication: ITD)やKRAS変異などのように遺伝子産物の本来備わる機能が亢進する場合や、IDH1/2変異などのように遺伝子産物が新たな機能を獲得する場合(新規酵素活性獲得)、TP53変異やCBL変異などのように正常型の遺伝子産物および相同遺伝子産物の機能が阻害される場合、ABL1変異などのように薬剤耐性が付与される場合、などが挙げられる。しばしば、特定のアミノ酸部位への変異の集積(ホットスポット形成)が認められることから、従来のサンガーシークエンスでも検出可能であるが、次世代シークエンス技術を用いた解析方法により効率的・高感度な検出が可能である。

a-2. コピー数増幅:常染色体上のゲノムDNAは通常1体細胞当たり2コピーであるが、そのコピー数が増えることにより、遺伝子機能が増強される。悪性リンパ腫で認められる8q24:MYC増幅や9p24:CD274(PD-L1)増幅などが挙げられる。従来、遺伝子のコピー数評価のために、当該領域を標的としたfluorescent in situ hybridization(FISH)やmultiplex ligation-dependent probe amplification(MLPA)法が用いられていたが、スループットが低いという欠点がある。WGS(whole genome sequencing)やWES(whole exome sequencing)などの次世代シークエンス技術を用いることで高解像度のコピー数解析をゲノム全体で行うことが可能である。さらに、当該領域にプローブを設計することで、targeted NGS(next-generation sequencing)でも検出可能である。

a-3. 融合遺伝子:染色体の転座、逆位、欠失、増幅などの構造変化により複数の遺伝子が連結し、新たな遺伝子が形成され、融合タンパク質がコードされる場合である。代表的な融合遺伝子として、ALLやCMLで認められるBCR-ABL1融合遺伝子やAMLで認められるRUNX1-RUNX1T1PML-RARA融合遺伝子が挙げられる。従来、染色体検査、FISH、RT-qPCR(reverse transcription quantitative polymerase chain reaction)などによる検出が行われてきたが、染色体検査は感度が十分でない、FISHやRT-qPCRはスループットが低い、という欠点がある。WGSやRNA-sequencingなどの次世代シークエンス技術を用いることで、高感度かつ網羅的に評価することが可能である。RT-qPCRやRNA-sequencingは、RNAを逆転写した相補鎖DNA(cDNA)を用いて、融合遺伝子自体を検出するのに対して、FISHやWGSは、ゲノムDNAを用いて、融合遺伝子の原因となるDNAにおける構造変化を検出する。

a-4. その他の構造異常:染色体の転座、欠失、増幅などの構造変化により複数の遺伝子が連結されるが、融合遺伝子が転写されない場合(または、融合タンパク質として翻訳されない場合)がある。このような場合でも、プロモーターやエンハンサー、非翻訳領域などの転写調節領域が置換されることにより、標的遺伝子の過剰発現などが引き起こされる。悪性リンパ腫で認められるIGH関連転座やAMLやMDSで認められる一部のMECOM(EVI1)関連転座などが挙げられる。融合遺伝子と同様に染色体検査、FISH、WGSなどで検出可能であるが、RNAレベルの構造変化を伴わない場合が多いため、RT-qPCRやRNA-sequencingでの検出は困難である。

b. 機能喪失:当該遺伝子異常によって、遺伝子がコードするタンパクの本来の機能が喪失、もしくは低下する場合がある。遺伝子異常の種類としては、不活化変異(ナンセンス変異やフレームシフト変異など)、コピー数の減少、遺伝子を破壊する構造異常などが挙げられる。不活化変異の多くでは、一定の割合でナンセンス変異やフレームシフト変異、スプライス部位変異などが認められ、それらが遺伝子全体に渡って分布する。従って、targeted SS(Sanger sequencing)による検出には大変な労力が必要となるため、WGS・WES・targeted NGSなどの次世代シークエンス技術を用いることで効率的な検出が可能となる。また、コピー数減少はFISHやMLPA法でも検出可能であるが、WGSやWES、targeted NGSを用いることで高解像度のコピー数解析を広範囲で行うことが可能である。

c. 機能不明:遺伝子異常がもたらす遺伝子産物の機能変化が不明なもの。

染色体異常
当該遺伝子と関連した転座、逆位、欠失、増幅などの染色体異常を示した。

エビデンスレベル、根拠となる論文、学会指針、臨床試験
診断・治療・予後の各観点において、当該遺伝子異常の有無が治療に係わる医学的判断に資するか否かを学術論文、学会指針、臨床試験をも元に判断し、エビデンスレベルとして表記した(表1)。学術論文はPubMed IDで示した。WHO4、 ELN5、NCCN の各指針に関しては、下記の参考文献・資料の項を参照のこと。臨床試験は米国のNational Clinical Trial(NCT)Identifier Number(NCT number: https://clinicaltrials.gov/ct2/home)を表記した。

遺伝子異常と関連して、当該疾患に対して薬事承認、FDA承認された薬剤
遺伝子異常により生じる分子やその機能を直接標的とする薬剤のうち、当該疾患に対して、本邦、もしくは米国のFDAで薬事承認されたもの。薬剤の適応に遺伝子異常に関する規定がない場合はその旨を明記した。

遺伝子異常と関連して、当該疾患に対して臨床試験中の薬剤
遺伝子異常により生じる分子やその機能を直接標的とする薬剤のうち、当該疾患に対して、日本もしくは海外で臨床試験が進行中の薬剤。 

遺伝子異常と関連して、他の腫瘍に対して薬事承認、FDA承認された薬剤
遺伝子異常により生じる分子やその機能を直接標的とする薬剤のうち、当該疾患以外の腫瘍に対して、本邦、もしくは米国のFDAで薬事承認されたもの。

遺伝子異常と関連して、他の腫瘍に対して臨床試験中の薬剤
遺伝子異常により生じる分子やその機能を直接標的とする薬剤のうち、当該疾患以外の腫瘍に対して、日本もしくは海外で臨床試験が進行中の薬剤。 

5. 遺伝子異常の検出法について

遺伝子異常を検出可能な各検査法の特性を以下に示す。

a. 染色体検査:分裂中期の染色体をG-分染法等で染色、観察することで、染色体の異数性や構造異常(転座、逆位、欠失、増幅等)をゲノム全体にわたって、単一細胞レベルで評価することが可能な検査方法である。一般には、染色体検査のみで、異常に関わるの標的遺伝子の特定に至ることは難しい。細胞の培養状態等により、分裂中期像が得られない場合には解析不能である。

b. FISH(fluorescent in situ hybridization):遺伝子座特異的な蛍光標識された核酸プローブを用いて、融合遺伝子の形成や遺伝子の再構成に至る染色体の構造異常やコピー数変化を検出する方法である。解析には間期核を用いるため、染色体検査で分裂中期像が得られない場合でも染色体の構造異常やコピー数変化を検出することが可能である。免疫グロブリン遺伝子座やT細胞受容体遺伝子座を含む染色体転座(IGH-BCL2, IGH-MYCなど)や融合遺伝子を伴う逆位や転座(PML-RARA, NPM1-ALKなど)、また、遺伝子増幅を含むコピー数異常(MYC遺伝子の増幅など)の検出に有効である。

c. MLPA(Multiplex Ligation-dependent Probe Amplification): 鋳型DNAにハイブリダイズしたプローブをPCRにより増幅することにより、対象ゲノム領域のコピー数変化を定量的に解析する方法である。ALLにおけるIKZF1など一部の遺伝子のコピー数減少の判定に用いられる場合がある。

d. Sanger sequencing:古典的なサンガーシークエンス法を用いた解析。対象とする遺伝子領域を特異的プライマーを用いてPCR増幅した後、増幅産物を解析する。スループットの観点から、解析可能な遺伝子数・領域には著しい制限があり、網羅的な遺伝子解析には適さない。異常の検出感度も低い。

e. RT-qPCR(reverse transcription quantitative PCR):リアルタイムPCR法とも呼ばれる。RNAから逆転写酵素を用いてcDNAを作製し、標的遺伝子特異的なPCRプライマーと蛍光プローブ、もしくは核酸と結合する蛍光色素を用いて標的RNAの発現量を定量解析する方法である。融合遺伝子の定量解析に有用であり、病型診断や測定可能残存病変・微小残存病変(MRD: measurable/minimal residual disease)の解析などに広く臨床応用されている。RNA-sequencingとは異なり、プライマーを設計した既知の融合遺伝子のみ検出可能である。

f. WGS(whole genome sequencing):次世代シークエンサーを用いて、全ゲノム領域を解読する、最も包括的な手法である。1塩基変異(single-nucleotide variant: SNV)だけでなく、挿入・欠失(insertion or deletion: INDEL)、コピー数変化(copy-number variation: CNV、減少、増幅、ヘテロ接合性の消失などを含む)、大規模な構造異常(structural variation: SV、転座、逆位、欠失、重複などを含む)、外来性ゲノム(EBVやHTLV-1ゲノムなど)などを検出可能である。特に非コード領域の遺伝子異常や構造異常の検出に有効である。現状ではシークエンス費用および取得データ量の問題から、シークエンス深度が30~50×程度* の場合が多く、がんゲノム解析には十分ではない。今後、シークエンス費用や解析に要する時間の改善、取得データ量の最適化、得られたデータの解釈の検討などが、臨床導入に向けた課題である。

g. WES(whole exome sequencing):次世代シークエンサーを用いて、ほぼすべての遺伝子のコーディングエクソン領域(タンパクをコードするゲノム領域)を解読する方法である。がんのドライバーとなる可能性の高い遺伝子を集中的に解読することで、解析時間と費用の効率化を実現できる。コーディングエクソン領域に存在する遺伝子異常(SNV, INDELなど)を検出可能であるが、非コード領域の遺伝子異常や構造異常の検出は困難である。WESでは、コーディングエクソン領域以外の非翻訳領域(UTR: untranslated region)やmicroRNAなどが対象に含まれる場合もある。通常、100×程度のシークエンス深度を得ることが可能であるが、腫瘍割合が低い場合やサブクローナルな異常の検出率は十分ではない。

h. Targeted-capture sequencing:一般的に「がん遺伝子パネル検査」に用いられる遺伝子異常の検出法である。相補的核酸プローブを用いたハイブリダイゼーションやPCRによるアンプリコン増幅によって、標的とするゲノム領域を選択的に濃縮し、次世代シークエンサーを用いて網羅的に解析する。解析対象の遺伝子・遺伝子座が決まっている場合(がん遺伝子パネル検査など)には、シークエンス費用、必要データ量、解析に要する時間などの観点から、現状では 最も現実的なシークエンス法である。一般的に300×以上のシークエンス深度を得ることが可能であるため、腫瘍細胞のクローン解析やMRD解析にも応用可能である。また、RNAから逆転写された相補鎖DNAを用いたtargeted RNA-sequencingも可能であり、融合遺伝子の同定に有用である。

i. RNA-sequencing:次世代シークエンサーを用いて、RNAから逆転写された相補鎖DNAを解読することにより、トランスクリプトーム全体を評価する方法である。遺伝子の発現定量 やスプライシングバリアントの検出、融合遺伝子の同定などに有用であり、未知の異常を含めて網羅的な探索が可能である。遺伝子異常の検出も可能であるが、ナンセンス変異やフレームシフト変異の検出感度は低い。

j. CGH(comparative genomic hybridization)/array CGH/SNPsアレイ:ゲノムのコピー数変化を網羅的に解析する方法である。腫瘍組織と対照組織から抽出したゲノムDNAを異なる蛍光色素で標識をしたのちに混合して分裂中期の染色体にハイブリダイゼーションを行う。蛍光シグナルの比を観察することで、腫瘍組織のゲノムコピー数変化を検出する。array CGHは分裂中期の染色体の代わりに、数百~数千のDNAプローブをスライドグラス上に配置したものに対してハイブリダイゼーションを行うことで解像度を数十Kbに高めたものである。さらにSNPsアレイは数十万のSNPsタイピングを行うマイクロアレイをコピー数解析に応用したものでありアレル不均衡を検出することが出来る。

* 次世代シークエンスでは、数百bpからなる多数のDNA断片の塩基配列を網羅的に解析する。ゲノム上の特定の部位が、独立して何回繰り返し解読されたかを、取得データ量(リード数)から計算し、予測した値をシークエンス深度(もしくはカバレッジ)という。次世代シークエンサーによる解析は、一定の頻度で解読エラーが起こるので、シークエンス深度が深いほど、得られた結果の信憑性が高くなる。また、一定以上のシークエンス深度を担保してはじめて、クローン解析やMRD解析が可能となる。

6.造血器腫瘍の診療過程におけるゲノム検査の活用について

造血器腫瘍に対する診療においては、正確な診断に基づき、分子標的療法を含めた薬物療法や、治癒を目指した造血幹細胞移植等の治療法の適応を精緻に検討し、適切に選択することが求められる。以下、造血器腫瘍の診療過程に沿って、遺伝子パネル検査を含めたゲノム検査が活用されるべき状況について記載した。

a. 診断時におけるゲノム検査の活用

a-1. ゲノム異常に基づく診断の補助
造血器腫瘍の中には罹患する者が極めて少ない希少病型があり、その診断が困難であるために、適切な治療が選択できない等の課題がある。血液病理医等による病理診断、フローサイトメトリー法による表面抗原解析やその他生化学的検査に加えて、ゲノム異常に関する情報を追加することで、正確な診断とこれに基づいた適切な治療方針を選択することが可能となる。例として、Hairy cell leukemia診断におけるBRAF V600E変異、Waldenström macroglobulinemia 診断におけるMYD88 L265P変異の検出が挙げられる。また、腫瘍性疾患(前がん状態を含む)と非腫瘍性疾患の鑑別が困難な血液疾患に対して、ゲノム異常に関する情報に基づき、より正確な診断、治療反応性や予後の予測等を行うことで適切な治療方針の選択が可能となる。

a-2. ゲノム異常に基づく予後予測、治療方針の選択
造血器腫瘍の予後や治療効果が、ゲノム異常によって予測できることが知られている。例えば、AMLでは、FLT3NPM1CEBPATP53等の遺伝子変異が治療反応性や予後を反映する。また、これらの遺伝子異常は、単に予後予測における有用性に止まらず、寛解導入療法後の造血幹細胞移植治療(以下、「移植」という)の適応を決める臨床的判断に有用である。一部の遺伝子異常に対しては、その遺伝子異常により生じる分子やその機能を直接標的とするとする阻害剤が存在する。BCR-ABL1融合遺伝子をもつ慢性骨髄性白血病に対するABLキナーゼ阻害剤は標準治療の一部であり、さらに最近では、FLT3変異に対するFLT3阻害剤、IDH1もしくはIDH2変異に対するIDH阻害剤の直接的な効果が期待されている。また、遺伝子異常により生じる分子を直接標的としないものの、遺伝子異常により活性化した(下流の)シグナル伝達経路が治療標的となる場合がある。例として、NRASKRAS変異を有する腫瘍に対するMEK阻害剤、CD79BMYD88変異をもつ腫瘍に対するBTK阻害剤が挙げられる。さらに、BRCA変異に対するPARP阻害剤のように、 synthetic lethality(合成致死性)を治療標的とする場合もある。昨今、新規分子標的薬が次々に開発され、臨床試験・治験が盛んに行われている。有効性が期待できる治療薬の適応を正確に判断するために、ゲノム検査の必要性がより高まっている。

b. 再発、治療抵抗性の病態評価におけるゲノム検査の活用

b-1. 微小評価可能病変・微小残存病変(MRD: measurable/minimal residual disease)の検出
化学療法や移植治療後のMRD検出は、治療反応性の評価や、腫瘍の再発・治療抵抗性を早期に発見するうえで非常に重要である。MRDに基づいた精緻な病勢評価をおこない、化学療法、移植治療の効果が不十分である患者を選別することにより、層別化治療が可能となる。実際、一部の造血器腫瘍では 、化学療法後にMRDを評価し、再発リスクが高く移植の必要性が高い患者のみ移植治療を行い、再発リスクの低い患者に対しては、移植治療を回避するなど、MRDに基づいた層別化治療が標準治療として実施されている。PCR法や遺伝子パネル検査法により、腫瘍細胞特異的な遺伝子異常を高感度で検出し、MRDを評価することが可能であり、とくに一部の造血器腫瘍においては、NGSを用いたMRD検出法の有効性が示唆されている。

b-2. 薬剤耐性の検出
ゲノム検査が薬剤耐性の早期発見につながり、治療薬の変更を含めた治療方針決定に有用なことがある。たとえば、イマチニブに対する耐性獲得の指標としてABL1のT315I変異が知られており、この異常が同定された場合、他剤への変更が推奨されている。

c. 再発時の診断における活用
患者個体内の造血器腫瘍は、初診時より遺伝子背景の異なる多クローンの腫瘍細胞から形成されており、初診時と再発時では主体となる腫瘍細胞の遺伝子背景が異なることがある。再発時の適切な治療方針決定のために、遺伝子パネル検査等による腫瘍細胞の遺伝子背景の再評価が必要である。

7.生殖細胞系列の遺伝子異常について

遺伝子パネル検査の標準的な手法として想定される標的シークエンスでは、標的遺伝子に存在する体細胞系列の遺伝子異常に加えて、生殖細胞系列の遺伝子異常が検出されることがある。このうち、当初の検査目的とは異なる疾患の発症と関連する生殖細胞系列の遺伝子異常が判明した場合や、当該疾患と関連する体細胞変異を想定した検査において生殖細胞系列変異が判明した場合、その遺伝子異常を「二次的所見」とよぶ。米国遺伝学会(ACMG: American College of Medical Genetics and Genomics)は、二次的所見を認めた場合の患者対応に関して、病的意義があり、かつ予防法や治療法があり、その存在を知らせることで患者と家族に利益があるという観点から、患者に報告すべき遺伝子のリストを作成した6 。これらの遺伝子異常が検出された場合には、遺伝カウンセリング等の適切な対応を取る必要がある。本ガイドラインでは、ACMGのリストを参考に、そのような遺伝子異常について「当該疾患以外の疾患の発症と関連した生殖細胞系列の遺伝子異常である可能性がある」と記載した。その他にも、造血器腫瘍を生じやすい体質をもたらす生殖細胞変異が多く存在し、そのような変異を生じやすい遺伝子や変異アレルが報告されている。しかし個々の症例で検出された変異が生殖細胞由来であることを疑うことは出来ても、必ずしも特定できないことがある。そのため本ガイドラインではそのような遺伝子異常について、コメント欄に「当該疾患の発症と関連した生殖細胞系列の遺伝子異常である可能性がある」と記載した。発症リスクなどの臨床的意義については未知な点が多く、疾患や患者の特性や想定される治療を考慮してケース毎に対応する必要がある。このような生殖細胞系列の遺伝子異常を検出する可能性については、パネル検査を実施する前に患者およびその家族に対して適切な説明がなされていなければならない。今後、浸透率の定量的評価など病的意義に関する知見の蓄積や、生殖細胞系列の遺伝子異常に対する我が国の基本的な対応方針の方向性を踏まえ、臨床現場における対応の検証が必要である。

8. おわりに

日本血液学会ゲノム医療部会は、造血器腫瘍の臨床上有益なゲノム検査の指針策定を目的として、2017年8月に発足した。今回発表する「造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン」は、近い将来において薬事承認・保険収載の可能性が議論されている「遺伝子パネル検査」を念頭において、今後実用化されるパネルに含まれることが望ましい遺伝子を臨床的な有用性という観点から選択し、その遺伝子に関して現時点で広く受け入れられている標準的な知見を総覧したものである。本ガイドラインが、我が国の血液学分野における臨床シークエンスの発展と造血器腫瘍の治癒率改善に資することを期待する。遺伝子パネルシークエンスは、薬事承認・保険収載にむけた現時点での現実的な選択肢ではあるが、昨今のゲノムシークエンス技術の驚異的な発展とそれに伴うコスト低下に鑑みると、将来的には、WESやWGS等のより広いゲノム領域・異常を網羅した検査法が臨床導入される可能性が高い。また、ゲノム情報と臨床情報とが紐付けされたデータが蓄積につれ、エビデンスに裏付けされた、臨床的有用性が高い遺伝子異常の数がさらに増加することが予想され、今後改善すべき点も多々あると予測される。従って、本ガイドラインはあくまで第一版であって、今後も適宜改訂を続ける予定である。学会員諸氏の意見・コメントをいただければ幸いである。

9. 参考文献・資料

  1. Greaves M, Maley CC. Clonal evolution in cancer. Nature. 2012;481(7381):306-313.
  2. Li MM, Datto M, Duncavage EJ, et al. Standards and Guidelines for the Interpretation and Reporting of Sequence Variants in Cancer: A Joint Consensus Recommendation of the Association for Molecular Pathology, American Society of Clinical Oncology, and College of American Pathologists. J Mol Diagn. 2017;19(1):4-23.
  3. Gray KA, Yates B, Seal RL, Wright MW, Bruford EA. Genenames.org: the HGNC resources in 2015. Nucleic Acids Res. 2015;43(Database issue):D1079-1085.
  4. Swerdlow S, Campo E, Harris N, et al. WHO Classification of Tumours of Haematopoietic and Lymphoid Tissues, revised 4th edn; 2017.
  5. Döhner H, Estey E, Grimwade D, et al. Diagnosis and management of AML in adults: 2017 ELN recommendations from an international expert panel. Blood. 2017;129(4):424-447.
  6. Kalia SS, Adelman K, Bale SJ, et al. Recommendations for reporting of secondary findings in clinical exome and genome sequencing, 2016 update(ACMG SF v2.0): a policy statement of the American College of Medical Genetics and Genomics. Genet Med. 2017;19(2):249-255.

NCCN ガイドライン:
https://www.nccn.org/professionals/physician_gls/f_guidelines.asp

日本血液学会 造血器腫瘍診療ガイドライン:
http://www.jshem.or.jp/gui-hemali/table.html

日本骨髄腫学会ガイドライン:
多発性骨髄腫の診療指針 第4版 日本骨髄腫学会編

10. 造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン作成委員会

日本血液学会ゲノム医療部会委員(順不同)
伊豆津宏二(国立がん研究センター中央病院 血液腫瘍科)
小川 誠司 部会長・日本血液学会理事(京都大学 腫瘍生物学)
片岡 圭亮(国立がん研究センター研究所 分子腫瘍学)
加藤 元博(国立成育医療研究センター 小児がんセンター 移植・細胞治療科)
坂田麻実子(筑波大学 血液内科)
真田  昌(国立病院機構名古屋医療センター 高度診断研究部)
鈴木 達也(国立がん研究センター中央病院 血液腫瘍科)
南谷 泰仁(京都大学 腫瘍生物学)          
前田 高宏 副部会長(九州大学病院 遺伝子・細胞療法部)
村松 秀城(名古屋大学 小児科学・成長発達医学)
李  政樹(名古屋市立大学 血液・腫瘍内科学)

外部評価委員(敬称略、順不同)
伊藤 悦朗(弘前大学 小児科)
大賀 正一(九州大学 小児科)
大島 孝一(久留米大学 病理学)
木崎 昌弘(埼玉医科大学総合医療センター 血液内科)
清井  仁(名古屋大学 血液・腫瘍内科学)
竹内 賢吾(財団法人癌研究会癌研究所 病理部)
半田  寛(群馬大学医学部附属病院 血液内科)
宮﨑 泰司(長崎大学 血液内科)

このページの先頭へ