日本血液学会 造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン2023年度版

序文

2001年にヒトの全ゲノムが初めて解読されて以来、ゲノム解読技術の飛躍的な発展とともに、ゲノム情報に基づいた医療が提唱、実践されてきた。米国では、2015年に当時のオバマ大統領が、一般教書演説において、Precision medicine initiativeを提唱し、ゲノム情報に基づいたがん医療の実現に向けて多額の国家予算を投じることを宣言した。 実際米国では、2017年11月に324遺伝子の遺伝子異常を網羅的に解析するがん遺伝子パネル検査(FoundationOne CDx: F1CDx)がFood and Drug Administration(FDA)で承認、Center for Medicare and Medicaid Services(CMS)から保険償還についても承認され、臨床の現場では、数百に及ぶがん関連遺伝子の異常を網羅的に解析し、各患者のがん細胞がもつ変異に応じて治療方針を決定することが日常診療の一部となっている。また、我が国でも2018年12月に、おもに固形がんを対象とした2品目のがん遺伝子パネル検査が承認され、2019年6月に保険収載された。
 血液腫瘍学の分野においても、World Health Organization(WHO)、米国のNational Comprehensive Cancer Network(NCCN)、欧州のEuropean Leukemia Net(ELN)が提唱する診断・治療指針には、多くのがんゲノム情報が掲載され、ゲノム情報なしに適切な診断・治療を行うことが困難になりつつある。我が国では、造血器疾患の臨床上有用な遺伝子異常を検出するための検査の一部が、保険診療として実施できないのが現状であり、がんゲノム医療実現に向けての体制構築が喫緊の課題である。
 本ガイドラインは、造血器腫瘍の臨床において有用性の高い遺伝子異常を現時点でのエビデンスに基づいて選別し、遺伝子パネル検査の基盤となる情報を提供するととともに、遺伝子パネル検査を含めたゲノム検査を活用すべき病態やその臨床的有用性について記載したものである。このガイドラインが、造血器腫瘍、およびその類縁疾患に対する遺伝子パネル検査を含めたゲノム検査の基本的な考え方を提供し、今後、実臨床に導入されると予想される保険診療下での遺伝子パネル検査の適応指針となるのみならず、血液学臨床全般におけるprecision medicineの発展に寄与することを期待する。

「造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン 2021年度版」作成にあたり

「造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン 2021年度版」作成にあたり 日本血液学会では2017年8月にゲノム医療部会を発足後、2018年5月に「造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン」を作成し、2020年3月には、第2版となる2020年度版を発表した。この度、第3版として「造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン 2021年度版」をここに発表する。第3版では、従来の造血器腫瘍に関連した遺伝子リストを「遺伝子・疾患別エビデンスレベル」として一部修正、アップデートして提供する。さらに、造血器腫瘍及びその類縁疾患を対象とした遺伝子パネル検査の使用法に関して、各疾患・病期ごとに検討し、現時点の科学的エビデンスに基づいた推奨度を「疾患・病期別パネル検査推奨度」として提示する。注)2022年3月に、パネル検査において迅速結果返却が望ましい遺伝子異常(Fast-track 対象遺伝子異常)に関する情報を加え、「2021年度一部改訂版」を作成した。

「造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン 2023年度版」作成にあたり

造血器疾患に関連したゲノム情報と臨床情報との関連性を示唆するデータは年々蓄積し、ゲノムプロファイルを実臨床に活かす必要性がより高まっている。実際、遺伝子情報を疾患分類の基盤とする傾向は進んでおり、2022年にはWHOの疾患分類の改訂1,2に加え、新たな国際指針としてICC(international consensus classification)による疾患分類が提唱された3,4。本邦においても、造血器腫瘍分野におけるパネル検査の臨床実装がいよいよ実現に近づいており、今回、より実臨床に沿ったかたちで、ガイドラインの一部改訂を行った。本改訂では、「このガイドラインについて」の記載内容、「遺伝子・疾患別エビデンスレベル」における遺伝子情報の全般的なアップデートに加え、造血器腫瘍及びその関連疾患の発症に関連した生殖細胞系列の病的バリアントに関する情報を追加・更新した。生殖細胞系列の病的バリアントに関する記載に関しては、あらたに「当該疾患の発症と関連した生殖細胞系列の病的バリアントである可能性がある」欄を設け、より明確に提示した。また、遺伝子と関連した薬剤の記載に関しては、薬事承認、もしくはFDA承認の要件に、当該遺伝子の変異規定がない薬剤を削除し、当該遺伝子に関連した薬剤の参考情報を「その他コメント」欄に記載した。なお、疾患名に関しては、WHO、ICCの2つの疾患分類が存在する現状に鑑み、2021年度版の疾患名を原則的に踏襲することとした。今回の改訂作業は、日本血液学会ゲノム医療委員会のメンバーに加え、学会員の中から改訂作業にご賛同していただいた19名のJSHキュレーターの先生方に多大なるご協力をいただいた。

「2023年度版ゲノム検査ガイドライン」2023年12月策定

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