日本血液学会 造血器腫瘍ゲノム検査ガイドライン2023年度版

Index

造血器腫瘍におけるgermline findingsの取り扱いガイド

1.0版(2025年4月)
日本血液学会 ゲノム医療委員会

I.背景

 造血器疾患の発症や臨床経過において、生殖細胞系列(germline)の病的バリアントが関係しうることは従来から知られている。ファンコニ貧血や先天性角化不全症などの遺伝性骨髄不全症候群(IBMFS)は造血器腫瘍を併発しうる疾患の代表例である。また、造血器腫瘍の家系例の解析から、RUNX1の病的バリアントによる家族性血小板異常症/骨髄系腫瘍(FPD/MM)が特定された。その他にも、ETV6PAX5などの造血細胞の分化を制御する遺伝子の機能異常が造血器腫瘍の家系例の原因となることが同定されている。また、小児の急性リンパ性白血病で32~39本の低二倍体の患者では約40%がTP53の病的バリアントを生殖細胞系列に持つなど、特定の病型では高頻度に造血器腫瘍を発症する遺伝的背景(predisposition)があることが報告されている。しかし、このような遺伝的な背景に関連した造血器腫瘍は、いずれもそれぞれの頻度は低く、造血器腫瘍における遺伝的背景の関与は特殊な表現型や家族歴をもつ例に限定されている稀なものであると考えられていた。
 しかし、近年のゲノム解析研究の進歩により、造血器腫瘍の病態には遺伝的背景が従来の想定よりも広く関与していることが明らかになった。例として、小児期の白血病では4~5%にがん関連遺伝子の病的バリアントがみられ、上述のRUNX1によるFPD/MMに関連した造血器腫瘍の発症は30代であり、さらには成人の骨髄系腫瘍の5~10%にDDX41の病的バリアントが生殖細胞系列にみられるなど、年齢や疾患によらず遺伝的背景が関与していることが示された。
 このような生殖細胞系列の病的バリアントは、そのものを直接治療標的にできるものではないが、遺伝的な特性に基づいた治療選択(移植適応の判断や、ドナー選択も含む)やフォローアップに有用なことがあるため、適切に解釈し診療に役立てることが推奨される。

II.この手引きの目的

 造血器疾患におけるgermline findings(ゲノム検査で生殖細胞系列に由来することが想定されるバリアント)の基本的な知識や考え方については、厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 がん対策推進総合研究事業「造血器腫瘍における遺伝子パネル検査の提供体制構築およびガイドライン作成」班(以下、厚労科研赤司班、研究活動期間:令和2年度-4年度)によりとりまとめられた「造血器腫瘍における遺伝子パネル検査体制のあり方とその使用指針」の中で「造血器腫瘍およびその類縁疾患に関連した生殖細胞系列の病的バリアントについて」として記載をまとめている( https://mhlw-grants.niph.go.jp/project/162131 )。
 本邦では、2025年3月に造血器疾患に対するゲノムプロファイリング検査が臨床実装され、germline findingsに遭遇する場面が多くなることが予測される。しかし、造血器疾患の患者(およびその血縁者)の診療におけるgermline findingsの取り扱いに関しては、固形腫瘍のものとは遺伝子が異なることや、上記のように同種造血細胞移植における配慮など、特有の論点がある。また、良質のエビデンスはごく限られており、経験も限られている施設が多い。そのため、日本血液学会ゲノム医療委員会が中心となり、造血器疾患におけるgermline findingsへの対応における参考となる情報を提供することを目的として本ガイドを作成した。なお、記載の内容は本邦の検査の実装状況に鑑み、T (tumor)/N (normal) ペア検査のN検体から検出されたgermline findingsであることを前提としている。
 本ガイドはおもに専門家による意見(エキスパートコンセンサス)に基づいており、系統的なレビューを経ているものではなく、確固たるエビデンスに基づいていない項目もある。今後のゲノム医療の実装によるリアルワールド情報が蓄積され、創出されたエビデンスに基づく改訂が望まれる。

III.Clinical questions

Q1どのような場合に生殖細胞系列の病的バリアントを疑うか?

Q2生殖細胞系列のバリアントの病原性をどのように判定するか?

Q3造血器疾患に対するがんゲノムプロファイリング検査で生殖細胞系列の病的バリアントの存在が強く疑われた場合に、確認検査は必要か?

Q4生殖細胞系列の病的バリアントの有無を確認する検査に推奨される検体は?

Q5生殖細胞系列の病的バリアントが判明した場合の開示基準は?

Q6ゲノムプロファイリング検査の適応となった造血器腫瘍とは必ずしも関連しない生殖細胞系列の病的バリアントが判明した場合の対応は?

Q7血液検体の検査で、生殖細胞系列の病的バリアントとクローン性造血はどのように区別すればよいか?

Q8生殖細胞系列に病的バリアントを保有している患者の造血器疾患の治療方針は?

Q9患者の生殖細胞系列に病的バリアントが検出された場合の血縁者の検査の適応は?

Q10病的バリアントを保有している血縁者は同種移植のドナーとして適格になりえるか?

Q11病的バリアントの保有者へのサーベイランスはどのように行うべきか?

Q12血縁ドナーの遺伝学的情報の取り扱いについての注意点は?

Q13非血縁ドナーの遺伝学的情報の取り扱いについての注意点は?


 

Q1.どのような場合に生殖細胞系列の病的バリアントを疑うか?

<概要>
 がんゲノムプロファイリング検査の対照検体(口腔粘膜や爪など)や血液検体で病的バリアントが検出された場合には、生殖細胞系列のバリアントに由来することを考慮する。バリアントアレル頻度が0.5前後であれば、生殖細胞系列のバリアントであることを強く疑う。低いバリアントアレル頻度の場合には、モザイク型のバリアントや腫瘍細胞の混入の可能性を考慮する。


<解説>
 がんゲノムプロファイリング検査の対照検体(口腔粘膜や爪など)や血液検体で病的バリアントが検出された場合には、生殖細胞系列のバリアントに由来することを考慮する。
 その際に、バリアントアレル頻度を確認し、0.5前後であれば、生殖細胞系列のバリアントであることを強く疑う。低いバリアントアレル頻度の場合には、モザイク型のバリアントである可能性もあるが、(腫瘍細胞が血液中に存在する場合は)腫瘍細胞の混入の可能性も考えられるため、腫瘍細胞の解析結果と比較し、他のバリアントも同様に検出されているか、などを検討することも有用である。
 また、挿入/欠失バリアントのアレル頻度は、一塩基置換に比べてNGS解析において低く算出される可能性があることに注意が必要である。
 なお、2025年に承認されたヘムサイト(※)を含めて多くのゲノムプロファイリング検査では、すべてのバリアントがレポートに記載されてはおらず、関連ガイドラインなどの遺伝子リストを基準に限定的に報告されていることも念頭に置く必要がある。

 ※ヘムサイトの生殖細胞系列バリアント(表)の報告対象は日本血液学会による造血器腫瘍ゲノム検査ガイドラインや、ACMG STATEMENT1)などを参考にしており、ガイドライン等の改訂などにより更新される可能性がある。

Q2. 生殖細胞系列のバリアントの病原性をどのように判定するか?

<概要>
 生殖細胞系列のバリアントの病原性(pathogenicity)は、ClinVarやgnomAD、ToMMo、HGVDなどのデータベースを参照し、一般集団における頻度や、機能予測、機能解析の実験的データを参考にして評価する。


<解説>
 生殖細胞系列において、参照配列と異なるバリアントが検出されたとしても、遺伝子の機能に影響を与えるとは限らず、また、病態に直接は関与しないこともある。そのため、バリアントが病態に与える影響として病原性(pathogenicity)を評価する必要がある。
 生殖細胞系列のバリアント評価はACMG/AMP (American College of Medical Genetics/Association of Molecular Pathology) 基準が広く用いられており、一般集団における頻度や、機能予測、機能解析の実験的データなどから評価する。gnomAD、ToMMo、HGVDは一般人口におけるバリアントの頻度を提供し、非病原性バリアントの判断に有用である。またClinVarはヒトによる評価がなされているが、評価者によって異なった解釈がなされていることも多いため、総合的に評価を行う。
 病原性は5つに分類され、
 ‑ 病的(Pathogenic)
 ‑ おそらく病的(Likely pathogenic)
 ‑ 意義不明(Variant of uncertain significance: VUS)
 ‑ おそらく良性(Likely benign)
 ‑ 良性(Benign)
 とされる2)
 評価の考え方の例として、一般人口の中で一定以上の頻度でみられるものは病的である可能性は低く、機能喪失が原因となる遺伝子における粗大な(機能ドメインの大部分を含んだ)ナンセンス変異やフレームシフトは病的である可能性が高い。また、腫瘍細胞の解析でみられた付加的な異常(遺伝子領域のLOHなど)も病原性を評価する参考となる。
 ゲノムプロファイリング検査の実施時点では判定が困難であり、血縁者の解析を行い、発症者と当該バリアントが分離するかなどの情報を参考に評価を進めることもある。
 なお、意義不明(VUS)とされたバリアントは、あくまでも「現時点では意義が明確ではない」ものであり、将来の新たな知見の積み重ねにより病原性が明らかになり、病的/良性のどちらかであると判明し得ることにも注意が必要である。

Q3. 造血器疾患に対するがんゲノムプロファイリング検査で生殖細胞系列の病的バリアントの存在が強く疑われた場合に、確認検査は必要か?

<概要>
 原則としてあらためて確認検査を実施することが推奨される。確認検査は、検査や手順の精度・手順管理がなされている診療品質での検査で実施されることが望ましい。ただし、バリアントの種類によっては診療品質の検査が限られているものもあり、その場合には、解析の精度が検証されていない結果であることを前提として情報を取り扱う。

<解説>
 がんゲノムプロファイリング検査は腫瘍細胞のゲノム変化を検出する検査であり、腫瘍細胞の混入による偽陽性でないことを確認するためにも、原則としてあらためて病的バリアントの存在を確認することが推奨される。
 確認検査は、解析の精度管理だけでなく、検体の授受や処理過程の手順管理がなされている診療品質での検査で実施されることが望ましい。ただし、口腔粘膜検体での解析や、一塩基置換以外のゲノム変化(部分的な欠失など)を解析できる診療品質の検査は限られており、実際にはすべての病的バリアントを診療品質の検査で確認することは困難である。その場合には、解析の精度が保証されていないことを前提として情報を取り扱うことが必要である。


Q4. 生殖細胞系列の病的バリアントの有無を確認する検査に推奨される検体は?

<概要>
 末梢血や口腔粘膜、爪が確認検査の検体として一般的である。腫瘍細胞の混入を避けるために寛解期検体が望ましく、形態的な評価に加えて、ゲノム検査等により腫瘍細胞の混入がないことを確認出来た検体が望ましい。最適な検体が得られない時には、皮膚や線維芽細胞などの代替の検体が考慮される。それぞれの検体の利点・欠点を踏まえ、患者ごとに最適な検体を選択することが推奨される。

<解説>
 造血器腫瘍の場合には「正常」な検体を採取することは必ずしも容易ではない。末梢血だけでなく、口腔粘膜や爪検体からも末梢血中の腫瘍細胞の混入があり得るため、ゲノム変化の由来の判定が困難になりえる。また、同種造血細胞移植後の患者では、通常は末梢血の血球細胞はドナー由来であるため、血液検体では確認検査が実施できない。
 確認検査に用いる対照検体の採取にあたっては、できる限り腫瘍細胞の混入を少なくすること、解析が可能な品質(および収量)の核酸等を抽出できること、が重要である。そのために寛解期の検体採取が望ましいが、臨床経過から寛解期検体の確保が困難な場合は代替の検体が必要となる。
 口腔粘膜や爪などは検査対象者自身でも採取できるが、検体の取り違えを回避するために検査対象者を確認したうえでの採取が推奨される。また、解析の結果もそれぞれの検体の特性を踏まえて解釈することが必要である。
 検体の注意点について、詳細は以下に述べる。

末梢血
 検体から得られる核酸の品質や収量の点では最適であるが、末梢血には腫瘍細胞の混入が懸念される。そのため、末梢血を用いる場合には、形態的に腫瘍細胞が混入していないことの確認が必要である。ただし、骨髄異形成症候群などでは腫瘍細胞の混入割合を形態のみでの正確な判定は難しいこともしばしばある。腫瘍細胞の混入を否定するためには、検出精度の高い他の手法(FISH法やFCM/PCR-MRDなど)での確認が望ましい。また、骨髄系腫瘍に対してCD3陽性T細胞を用いるなど、腫瘍細胞とは異なった細胞系列を分離して用いることもある。
 また、同種造血細胞移植後の患者では、末梢血の細胞の遺伝的配列はドナー由来であるため、患者の腫瘍細胞を解析する上での対照としては、患者の末梢血を用いることはできない。他者由来の試料を正常検体として解析した場合には、検出されたsomatic変異の大部分が一般集団で頻度の高い一塩基多型になる。

口腔粘膜
 スワブ(綿棒)により口腔粘膜を採取することで、非血球系の正常細胞として用いることができる。ただし、採取時の擦過により血液や細菌などが混入しうることに注意が必要である。特に、うがいがうまくできない年少児では食事や母乳などが混入することがある。口腔粘膜検体への血液由来の細胞の混入は10%以上になることも多く、特に同種造血細胞移植後の場合はドナーの一塩基多型などが解析のノイズとなりうる(一方で、ドナー細胞の混入割合の指標にもなる)。採取に用いる綿棒は、口腔粘膜の採取用に製造されたものを用いることで良質の核酸が得られるため推奨される。採取にあたっては、口腔内に残存した食事などの成分や唾液の混入を避けるために、水で口腔内をすすいだ後に採取することが重要である。


 爪からもDNAを回収できるが、他人由来の爪が混入しないよう、できる限り患者専用の爪切りで爪先の白い部分を採取し、室温で保存する。また、同種造血細胞移植後に患者から採取した爪を用いた解析で、ドナー由来のSTR(short tandem repeats)が検出されることも報告されているため、血液由来の成分の混入がありうることに注意が必要である。
 爪から抽出できるDNA量は限られることが多いが、シングルサイト解析など特定のバリアントのみの解析には足りることが多い。採取にあたっては、事前に指先をよく洗い、垢やごみをできるだけ取り除いた状態で爪を採取する。また、他人由来の爪が混入しないよう、できる限り患者専用の爪切りを用い、爪先の白い部分を採取し、室温で保存する。DNAを抽出する際には、爪を細断してから行うことで収量を増やすことができる。

その他の代替試料

唾液
 非侵襲的な採取法として唾液からDNAを回収することが可能であるが、白血球に由来するDNAが大半を占めるため、末梢血の代替として用いることはできない。

毛髪
 毛髪中のDNAは主に毛根に存在し、毛幹部分には少ないため、毛根を含めた状態で抜いて(毛髪を切るのではなく)検体を採取する。また、整髪料や毛染め剤等はDNAの収量不足や断片化、PCR反応の阻害につながる。採取した毛髪から抽出できるDNA量は検体ごとに差があるが、収量が限られる。

皮膚
 皮膚のパンチ生検で得た皮膚切片を対照検体とすることは海外では広く行われている。骨髄検査や中心静脈カテーテル挿入の際などにあわせて採取されることが多い。血液細胞がわずかに混入する可能性は否定できないが、わずかなため結果の判定に影響することは少ない。

線維芽細胞
 皮膚や骨髄などから培養することで得られる線維芽細胞は、継代培養が可能なため十分量を確保でき、かつ、同種移植後でも患者自身の線維芽細胞が得られる利点がある。しかし、充分な細胞数を得るために数週間以上の時間を要し、培養の設備や手間も必要である。


Q5.生殖細胞系列の病的バリアントが判明した場合の開示基準は?

<概要>
 造血器腫瘍やその関連疾患に関連するバリアントが判明した場合の開示基準は、そのバリアントの病的意義、疾患の遺伝形式、浸透率 (penetrance)、存在を知ることの医療上の有益性、などを総合的に判断する。保険診療下におけるゲノムプロファイリング検査では、エキスパートパネル (EP)の推奨をもとに、施設の臨床遺伝の部門を含んだ判断に委ねられる。

<解説>
 造血器腫瘍やその関連疾患に関連するバリアントが判明した場合には、そのバリアントの病的意義、疾患の遺伝形式、浸透率 (penetrance)、存在を知ることの医療上の有益性、などを総合的に踏まえて開示する対象かを判断する。保険診療下におけるパネル検査では、最終的にその判断はエキスパートパネル (EP) の推奨をもとに、施設の造血器疾患の診療部門と臨床遺伝部門との連携のもとでの判断に委ねられる。
 二次的所見として得られた病的バリアントを開示するおもな条件は、

  1. 検出されたゲノム異常の病原性の確証度
  2. ゲノム異常の表現型への浸透率
  3. 臨床的な actionability
  4. 患者(または代諾者)の開示の意向

 などによる。
 検出の精度も高く病因としての確実性も高いバリアントであることが開示の前提となる。推奨される治療法やサーベイランスが存在し、患者本人・血縁者の健康管理に有益になりうるものはより積極的な開示の対象となりうる。一方で、既存の情報のみでは確実性が十分でないなどの理由で、患者や血縁者に不必要な精神的負担を与えたり、誤解を招いたりするおそれがあるものについては、原則として開示対象とならない。
 開示の対象となる具体的な遺伝子としては、ACMGやAACRなどのガイドラインが参考となる。また、本邦においても固形腫瘍のゲノムプロファイリング検査における二次的所見の取り扱いについて、厚労科研小杉班より、「がん遺伝子パネル検査二次的所見患者開示 推奨度別リスト(※)」が公開されている。ただし、これらは造血器疾患の実情に必ずしも合致しないものもあるため注意が必要である。例として、Fanconi貧血関連の遺伝子(FANCAなど)は ACMGの遺伝子リストにない。白血病発症者にゲノムプロファイリング検査を実施して FANCA遺伝子の病的バリアントが両アレルに検出された場合は、Fanconi貧血に続発した白血病と考え同種造血細胞移植の適応であるだけでなく、前処置の選択にも影響するため、開示して治療法選択に反映させることが強く推奨される。
 なお、既診断の疾患を除き、潜性遺伝(劣性遺伝)形式の疾患の保因者であることが偶然に判明しても、開示対象にはならない。例として、ゲノムプロファイリング検査等でFANCAの病的バリアントが片アレルにのみ検出された際に、Fanconi貧血の臨床所見がなく、検査の対象となった造血器疾患もFanconi貧血とは関連が考えにくいものであった場合には、病態とは関係ない保因者として開示の対象とならない。その一方で、Fanconi貧血と臨床診断(濃厚な疑いも含む)がなされている場合は、病的バリアントが片アレルしか特定できなかった場合でも、開示の対象になりえる。この場合は、対側アレルの遺伝子にあるゲノム変化が欠失などのため、ゲノムプロファイリング検査では検出が困難なものであることが多い。診断はゲノム検査のみからするのではなく総合的な判断が必要になるため、確定診断のために染色体脆弱性試験などの追加の検査がなされることが望ましい。

(※)がん遺伝子パネル検査二次的所見患者開示推奨度別リスト
https://www.ncc.go.jp/jp/c_cat/jitsumushya/030/Potentially_Actionable_SF_Gene_List
_Ver4.2_20231003.pdf


Q6.ゲノムプロファイリング検査の適応となった造血器腫瘍とは必ずしも関連しない生殖細胞系列の病的バリアントが判明した場合の対応は?

<概要>
 造血器腫瘍のパネル検査には、造血器腫瘍の発症・進展に関連した生殖細胞系列の病的バリアントに関連した遺伝子が含まれている。一部の病的バリアントに関しては、固形がんなどの造血器腫瘍以外の疾患にも関連している場合があり、そのような病的バリアントの存在が判明した場合には、各種のガイドラインに沿って適切に対応する必要がある。

<解説>
 造血器腫瘍を対象としたゲノムプロファイリング検査では、適応となった造血器腫瘍の発症・進展に直接関係する病的バリアントに限らず、造血器腫瘍以外の疾患に関連した病的バリアントが判明することがある。
 病的な意義が明確で、知ることでの将来的な有益性があるバリアントについては患者に知らせることが推奨されるが、現状のゲノムプロファイル検査では、「がんに関連する所見」を報告することで同意が取得されている。そのため、がんの病態に関係するバリアントであれば、当該疾患(ゲノムプロファイル検査を受ける適応となった疾患)以外のものであっても開示の対象になりうる。なお、良性腫瘍もこの範疇に含まれる。
 本邦では、がんゲノム医療中核拠点病院等連絡会議 二次的所見ワーキンググループ(SFWG)より、「がん遺伝子パネル検査 二次的所見 患者開示 推奨度別リスト(※)」が提示されている。
 一方で、がん以外の疾患に関係する病的バリアントについては、現時点では上記のような同意取得の範囲の外となるため開示の対象とならない。ただし、致死的な転帰をとりうる遺伝性不整脈など、知ることで適切な対応が可能であり開示が患者(および血縁者)にとって利益になるものもあるため、ゲノム医療の発展のためには継続的な議論が望まれる。

(※)がん遺伝子パネル検査二次的所見患者開示推奨度別リスト

https://www.ncc.go.jp/jp/c_cat/jitsumushya/030/
Potentially_Actionable_SF_Gene_List_Ver4.2_20231003.pdf


Q7.血液検体の検査で、生殖細胞系列の病的バリアントとクローン性造血はどのように区別すればよいか?

<概要>
 クローン性造血で変化がみられる遺伝子は造血器腫瘍(特に骨髄腫瘍)の原因遺伝子でもあることから、遺伝子の種類による区別は困難である。バリアントアレル頻度は区別する参考となる。また、血液以外の組織の解析も参考になるが、さまざまな解析を実施しても生殖細胞系列の病的バリアントとクローン性造血のどちらかを確定するのが困難な場合もある。

<解説>
 血液検体を用いた検査(注:2025年に造血器疾患に承認されたヘムサイトでは、N検体は口腔粘膜および爪を原則としている)では、クローン性造血と生殖細胞系列のバリアントを区別する必要がある。
 クローン性造血で変化がみられる遺伝子は造血器腫瘍(特に骨髄腫瘍)の原因遺伝子でもあることから、遺伝子の種類による区別は困難である。
 クローン性造血のクローンサイズと年齢は相関するため、相対的に若年でバリアントアレル頻度が高い変異は、クローン性造血よりも生殖細胞系列のバリアントであることを示唆する。
 血液以外の組織の細胞を解析し、検出された場合には生殖細胞系列の病的バリアントと考える。検出されなかった場合にはクローン性造血の可能性が高いが、低頻度のモザイクによる病的バリアントであることを否定できない。ただし、さまざまな解析を実施しても生殖細胞系列の病的バリアントとクローン性造血のどちらかを確定するのが困難な場合もある。
 なお、生殖細胞系列の病的バリアントは次世代に遺伝する可能性があるが、クローン性造血は次世代に遺伝しない。
 また、クローン性造血は造血器腫瘍の発症リスクだけでなく、心血管イベント発症とも相関することが報告されている。ただし、現時点ではクローン性造血がみられたことを理由に医学的な介入をすることの意義は確立していない。

Q8. 生殖細胞系列に病的バリアントを保有している患者の造血器疾患の治療方針は?

<概要>
 生殖細胞系列の病的バリアントの保有者であっても、すでに生じている造血器疾患の治療として最適な方針を選択することが優先である。JMMLなど、ゲノム変化の由来によって治療方針が異なる疾患もある。遺伝性骨髄不全症候群では、それぞれによって推奨される移植前処置が異なる。また、二次がんリスクが上昇することがあるため、放射線照射や他の二次がんリスクにつながる薬剤は、原疾患である造血器疾患の治療成績への影響が最小限になる範囲で回避・減量を考慮することが推奨される。

<解説>
 病的バリアントの保有者であっても、すでに生じている造血器疾患の治療として最適な方針を選択することが優先される。
 腫瘍細胞がもつゲノム変化が、腫瘍細胞が獲得したsomatic変異なのか生殖細胞系列に由来する病的バリアントなのかにより、造血器腫瘍の細胞自体の治療反応性には多くの場合で影響せず、治療効果の予測(予後予測)の観点では由来による変更はない。ただし、若年性骨髄単球性白血病(JMML)では、PTPN11がgermlineに由来する場合は予後良好であるのに対し、somatic変異の場合には自然歴の予後が不良なことから、その由来によって移植適応が異なるなど、一部の疾患では治療方針に影響しうるため疾患ごと・遺伝子ごとのエビデンスの確認が必要である。
 遺伝性骨髄不全症候群を未診断のまま移植することは生存率の低下につながることが懸念される3)。Fanconi貧血や先天性角化不全症では、骨髄不全症に対する治療として造血細胞移植の適応となるが、移植前処置が疾患ごとに異なる。例として、Fanconi貧血はアルキル化剤への感受性が高く、シクロホスファミドの減量が必須であり、適切な診断により前処置の最適化が可能である。
 また、ゲノム変化を病的バリアントとして持つ患者の中には、二次がんの高リスクになる場合がある。例として、ALL患者がTP53の病的バリアントを持っている場合(Li-Fraumeni症候群であった場合)は、二次がんリスクが高くなるため4)、そのことに注意して治療骨格を決定することが推奨される。一般に、Li-Fraumeni症候群の患者の固形腫瘍に対しては、放射線照射は必ずしも禁忌ではなく、生じている腫瘍の治癒に必須であれば照射は適応となる。ただし、その場合でも、放射線照射のもたらす治療効果と、さらに上昇する二次がんリスクとの比較を十分に考慮して照射の適応や線量を決定することが推奨されている。例にあげたLi-Fraumeni症候群を背景にもつALL患者では、ALLの再発率の上昇を最小限にとどめたうえで、放射線被ばくに対してさらに慎重に配慮する必要がある。アルキル化剤・トポイソメラーゼ阻害剤などの回避・減量を試み、そのためにも免疫療法薬などの積極的な導入も考慮される。

Q9.患者の生殖細胞系列に病的バリアントが検出された場合の血縁者の検査の適応は?

<概要>
 患者本人と血縁者の意思を確認したうえで、バリアントの情報を開示し、そのうえで血縁者は一般には検査をすることを推奨する。開示にあたっては、適切な遺伝カウンセリング等の情報提供のうえで、病的バリアントの有無を知りその意義を説明し検査の意向を確認することが必要である。なお、発症が成人以後に限定されている病的バリアントでは、小児の血縁者については十分な理解ができる年齢に達した時点で、あらためて説明したうえで実施することが推奨される。

<解説>
 患者を発端者として病的バリアントが特定された場合に、バリアントを遺伝的に保有している可能性がある血縁者については、サーベイランスの適応を判断する目的などのために検査が適応になることがある。患者本人と血縁者の意思を確認したうえで、バリアントの情報を開示する。開示にあたっては、適切な遺伝カウンセリング等の情報提供のうえで、病的バリアントの有無を知ることの意義を説明し検査の意向を確認することが必要である。また、血縁者として移植ドナーの候補になる場合にも、原則として病的バリアントの有無を検査することが望ましい。なお、2025年4月現在、血縁者のみの遺伝カウンセリング、および確認検査は、保険適用外である。
 未発症者(血算にも異常がなく、関連する症状もない)でも、血縁者が造血器腫瘍を発症している事実からは、一般には検査をすることを推奨するが、病的バリアントの有無を知る意義(「Q8. 病的バリアントの保有者へのサーベイランスはどのように行うべきか?」を参照)を説明したうえで検査の意向を確認することが必要である。
 患者と同じゲノムプロファイリング検査など網羅的な検査を実施する必要はなく、特定された病的バリアントのみの有無を確認する検査で十分である。なお、DDX41のように、現時点のエビデンスでは発症が成人以後に限定されている(すなわち、小児期には発症しない)病的バリアントの有無を確認する検査は、小児患者で実施することは推奨されない。十分な理解ができる年齢(16歳相当が目安とされる)以降に、あらためて説明したうえで実施することが推奨される。
 また、血縁ドナーとしての適格性の判断に遺伝学的検査が必要となる場合があり、遺伝学的検査の受検に圧力が生じてしまい自律的意思決定が難しい状況になりえることにも配慮が必要である。

Q10. 病的バリアントを保有している血縁者は同種移植のドナーとして適格になりえるか?

<概要>
 適切なドナーの選択は移植成績に直結することから、代替の選択肢との比較のもと、総合的に判断する必要がある。基本的な考え方としては、潜性(劣性)遺伝形式の病的バリアントを片アレルのみ保有している保因者は、ドナーとして適格になりえるが、酵素活性などが低下している場合があることに注意が必要である。顕性(優性)遺伝形式では、バリアント保有者をドナーとして選択することは推奨されないが、一律に禁忌とするものではなく、それぞれの病的バリアントの浸透率や疾患特性による総合的な検討が必要である。

<解説>
 遺伝的な背景を持つ患者に血縁者からの移植を考慮するにあたり、病的バリアントの保有者からの移植では、原疾患の治療効果が不十分であることや、ドナー由来白血病のリスクになることなどにより、移植成績が低下するリスクが懸念される。一方で、最適なドナーの選択は移植成績に直結することから、それぞれの病的バリアントの浸透率などを踏まえ、代替の選択肢との比較のもと、総合的に判断する必要がある。
 潜性(劣性)遺伝形式の病的バリアントを片アレルのみ保有している保因者は、通常は疾患を発症しない。そのため、保因者から移植を受けた患者にも影響はないことから、ドナーとして適格になりえる。例として、FANCAの両アレルの病的バリアントが同定されているファンコニ貧血の患者に対するドナーとして、片アレルのみのバリアント保有者(保因者)の血縁者はドナー候補として考慮しうる。ただし、慢性肉芽腫症やムコ多糖症では、保因者は酵素活性などが低いことがあり、原疾患の治療として不十分になりえるため、ドナーとしての優先度が相対的に下がることがある。また、潜性(劣性)遺伝は一般に浸透率が高く、両アレルのバリアント保有者はその時点で疾患を発症していなくても、その後に発症する可能性が高いため一般にはドナーとして適格にはならない。
 顕性(優性)遺伝形式の疾患では、それぞれの病的バリアントの浸透率や疾患特性を考慮する必要がある。例として、患者と同じDDX41の病的バリアントをもつ血縁者からの移植はドナー由来白血病の報告もあることから、原則的にはバリアント保有者をドナーとして選択することは推奨されない。一方で、骨髄系腫瘍発症の浸透率は20-40%と推定されており、不完全浸透であることなどから、代替ドナーを選択する(もしくは、移植を実施しない)ことで予測される予後との比較で検討する必要があり、一律に禁忌とするものではない。ただし、移植術そのものの影響や免疫抑制などでドナー由来白血病が促進される可能性があることや、「血縁者が骨髄系腫瘍を発症した」事実からは同じDDX41バリアント(および他の遺伝的背景)を共有している血縁ドナーは、相対的に骨髄系腫瘍の発症リスクが高い可能性があること、なども踏まえ、より慎重な検討が求められる。
 遺伝性造血器疾患は浸透率には差があり、古典的な潜性(劣性)/顕性(優性)の分類に定型的に当てはまらないものが多い。さらにはバリアントごとに影響も異なるため、個別の症例ごとに丁寧な検討が推奨される5),6)
 なお、遺伝情報が判明することを過度に強調することで、ドナーとして提供したいという善意を躊躇させてはならない。


Q11.病的バリアントの保有者へのサーベイランスはどのように行うべきか?

<概要>
 腫瘍の再発と同時に、二次がんの発症や、併発する症状の出現についてのサーベイランスが推奨される。ただし、多くの疾患では造血器腫瘍の発症を早期に発見することで生存に利益をもたらすエビデンスは明確ではない。一部の遺伝性骨髄不全症候群では、白血病の発症前の同種造血細胞移植が推奨されているため、積極的なサーベイランスが推奨される。

<解説>
 造血器腫瘍の発症者が病的バリアントの保有者であった場合には、腫瘍の再発と同時に、二次がんとしての白血病の発症や、併発する症状の出現についてフォローアップを行うことが推奨される。フォローアップによるサーベイランスの対象は契機となった造血器腫瘍の治療後のフォローアップに含まれものが多いが、身体奇形や臓器合併症、固形腫瘍の発症など多岐にわたることもある。遺伝子ごとの推奨サーベイランスは「III. 遺伝子ごとの推奨」を参照すること。
 ただし、サーベイランスにより、造血器腫瘍の新たな発症を早期に発見することで生存に利益をもたらすエビデンスは明確ではない。そのため、過度に侵襲的な検査は推奨されない。また、同種造血細胞移植は一定の割合で重篤な合併症(合併症死亡を含む)が懸念される治療であるため、発症前の造血細胞移植は現時点では推奨されない。ただし、発症リスクが一定の割合である患者(もしくは未発症者)に対し、日常の(造血器腫瘍とは関係ない)体調の変化に対する過度な不安を軽減する意義や、造血器腫瘍による臓器障害の進行などを早期に検出できる可能性があるため、6-12か月ごとの血算を確認することの意義はあると考えられる。また、サーベイランスの際には、血縁者の造血器腫瘍の発症の有無を確認することも必要である。
 遺伝性骨髄不全症候群の中には白血病の発症リスクが高く、かつ白血病の発症後の治療成績が不良な疾患(Fanconi貧血やSchwachman-Diamond症候群など)があるため、その前の同種造血細胞移植が推奨される。そのような疾患の場合には、定期的な骨髄検査などのより積極的なサーベイランスが推奨される。
 病的バリアントがある遺伝子により、好発する造血器腫瘍の種類や付加的がんゲノム異常の頻度が明らかとなっているものがある。そのため、遺伝子パネル検査(がんゲノムプロファイリング検査等)の定期的な実施を推奨しているガイドライン7)もあるが、本邦ではサーベイランス目的ではがんゲノムプロファイリング検査は保険適用外である。

Q12.血縁ドナーの遺伝学的情報の取り扱いについての注意点は?

<概要>
 血縁者は、移植ドナーとなることで保因者または未発症者であることが判明しうる点について、あらかじめ説明がなされることが望ましい。ドナーが小児年齢の場合には、通常は自らの意志を示すことができる年齢までは、保因者であるかを確認する検査の実施は推奨されない。

<解説>
 血縁ドナーは必然的に患者の疾患と関連した生殖細胞系列の病的バリアントをドナーも保有する事前確率が高くなる。ドナー適格性検査の一環として、もしくは移植後の患者の疾患を評価する検査の過程で、血縁ドナーが保因者または未発症者であることが判明しうる点について、ドナーにあらかじめ説明がなされることが望ましい。
 移植を受ける血縁者の疾患が常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)形式である場合は、ドナーが小児年齢の場合には、通常は自らの意志を示すことができる年齢までは、保因者であるかを確認する検査の実施は推奨されない。この点は、成人してからしか発症しないことが明らかな疾患の未発症者診断についても同様である。
 日本医学会による医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン( https://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis_2022.pdf )も参考となる。
 ドナー候補となることで結果的に保因者(または未発症者)かどうかが判明しうるため、検査の時点ではドナーとしての適格性についての説明にとどめ、保因者(または未発症者)についての情報はドナー自身が理解可能な年齢になった際に、情報を知る希望について、あらためてドナー本人の意向を確認することが求められる。これらの点は、遺伝性疾患であることが判明した時点で、遺伝カウンセリングにより適切な情報が提供されていることが望ましい。
 また、既診断の疾患を除き、常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)形式の疾患の保因者であることが偶然に判明しても、ドナーに対する開示対象にはならない。
 なお、遺伝情報が判明することを過度に強調することで、ドナーとして提供したいという善意を躊躇させてはならない。

Q13.非血縁ドナーの遺伝学的情報の取り扱いについての注意点は?

<概要>
 患者が同種造血細胞移植を受けた後の検査により、ドナーの遺伝情報が判明することがある。骨髄バンクドナーでは、臨床的に意義が明確な病的バリアントが検出された場合には、遺伝情報の開示希望に沿う形で情報が提供できるよう、結果を報告することが望ましい。臍帯血ドナーの場合は現時点では報告の対象にならない。

<解説>
 患者が同種造血細胞移植を受けた後に、再発などが疑われ、ゲノムプロファイリング検査を実施する場合がありえる。その検査では、腫瘍検体に患者由来の細胞が含まれるため、ドナーの遺伝情報が判明することがある。
 日本骨髄バンクを介した非血縁骨髄/末梢血幹細胞ドナーについては、現在でも、「ドナーのためのハンドブック」では、「骨髄または末梢血幹細胞提供により、ドナーの遺伝情報等が判明した場合の情報開示について」として遺伝情報の開示希望をあらかじめ確認している。臨床的に意義が明確な病的バリアントが検出された場合には、遺伝情報の開示希望に沿う形で情報が提供できるよう、結果を報告することが望ましい。
 臍帯血移植においては、移植後の患者の検査で判明した臍帯血の遺伝情報については、これまで個別に臍帯血バンクで議論が行われているが、臍帯血は提供が親の代諾で行われていることや、検出される染色体異常そのものには直接の介入ができないことから、これまで「偶発的に判明した臍帯血の遺伝情報」について提供者(またはその親)に開示されたことはない。これまでの経緯を踏まえると、臍帯血移植後に判明した臍帯血提供者の遺伝情報については、現時点では慎重に判断し、原則として開示しない方針が妥当と考えられる。ただし、致死的な転帰をとりうる遺伝性不整脈など、知ることで適切な対応が可能であり開示が患者(および血縁者)にとって利益になるものもあるため、ゲノム医療の発展のためには継続的な議論が望まれる。
 なお、いずれの場合でも、ドナーの遺伝情報は、その情報が患者にとって臨床的に有用でない限り、患者には開示するべきではない。

付表:遺伝子ごとの推奨

 ・ETV6
 ・DDX41
 ・Fanconi貧血関連遺伝子
 ・RUNX1
 ・SAMD9/9L

 

ETV6

遺伝子名 ETV6
関係する造血器疾患 ALL、MDS、AML
血小板減少症、血小板機能異常
遺伝形式 常染色体顕性(優性)遺伝
頻度 小児ALL患者の0.8%8)
発症リスク(浸透率)  
ガイドライン PMID 28600339
PMID 39078402
推奨されるマネジメント(サーベイランス) 6-12か月ごとに血算(recommended)
1-3年ごとに骨髄検査(optional)
バリアント解釈における注意点  
バリアント保有者のドナー選択 推奨されないが、一律の禁忌ではない。
腫瘍発症の付加的異常 高二倍体が多い
補足 小児ALLとしては発症年齢が高い(10.2歳)である。予後因子としての意義は明らかではない8)

DDX41

遺伝子名 DDX41
関係する造血器疾患 骨髄異形成症候群・急性骨髄性白血病
遺伝形式 常染色体顕性(優性)遺伝
頻度 一般人口の0.1~0.2%9),10)
骨髄性腫瘍患者の1~4%11)
発症リスク(浸透率) 40代以降で骨髄性腫瘍の発症がみられ、49%が90歳までに発症する。発症の中央値は60-70歳である11)
バリアントによる発症率の差は明確ではない11)
発症者は男性に多い
ガイドライン PMID 28600339
PMID 39078402
推奨されるマネジメント(サーベイランス) 6-12か月ごとに血算(recommended)
1-3年ごとに骨髄検査(optional)
バリアント解釈における注意点 地域によりバリアントの分布が異なり、日本人コホートではM1IとD140fs、A500fsが多い11)
バリアント保有者のドナー選択 推奨されないが、一律の禁忌ではない。
腫瘍発症の付加的異常 およそ80%は骨髄性腫瘍において対側のDDX41に2nd hit(R525Hが多い)がみられる。9)
ASXL1TET2TP53CUX1DNMT3A
補足 DDX41関連骨髄性腫瘍は、相対的には予後良好とする報告があるが、予後因子としては確立していない12)。一方で、強力化学療法の適応でない患者において、VEN+AZA等の強度が比較的弱い治療を選択する場合に、相対的に予後は良好であることを示唆する12)
GVHD発症のリスクになるとする報告がある。
ドナー由来白血病の原因遺伝子としての報告がある。

Fanconi貧血関連遺伝子

遺伝子名 FANCA、FANCB、FANCC、FANCD1、等
関係する造血器疾患 Fanconi貧血
急性骨髄性白血病、骨髄異形成症候群、急性リンパ性白血病
遺伝形式 常染色体潜性(劣性)遺伝
(ただし、FANCBはX連鎖劣性、FANCRは常染色体顕性(優性)遺伝)
頻度 出生100万人あたり約5人
一般日本人の2.6%が保因者
発症リスク(浸透率) 10歳までに80%、40歳までに90%が再生不良性貧血を発症する。
30歳までに20%がMDSを含む白血病を発症する。
ガイドライン Fanconi貧血診療の参照ガイド
推奨されるマネジメント(サーベイランス) 3-4か月ごとに血算(recommended)
1年ごとに骨髄検査(recommended)
バリアント解釈における注意点  
バリアント保有者のドナー選択 保因者はドナーとして不適格ではない。
両アレルのバリアントを保有している未発症者はドナーとして適格にはならない。
腫瘍発症の付加的異常  
補足 ALDH2多型が病勢の進行と相関し、両アレル多型は重症系となりうる。

RUNX1

遺伝子名 RUNX1
関係する造血器疾患 家族性血小板減少症/骨髄性腫瘍(FPD/MM)
急性骨髄性白血病、骨髄異形成症候群、急性リンパ性白血病
血小板減少症(機能異常を伴う)
遺伝形式 常染色体顕性(優性)遺伝
頻度 AML患者の2.8%13)
発症リスク(浸透率) 小児期の発症もあり、60歳までに約50%が造血器腫瘍を発症する。発症年齢の中央値は30代である。
ガイドライン PMID 2860033914)
PMID 390784027)
推奨されるマネジメント(サーベイランス) 6-12か月ごとに血算(recommended)
1-3年ごとに骨髄検査(optional)
バリアント解釈における注意点 RUNTドメインに複数のホットスポットが報告されている。塩基置換以外にも欠失も報告されている。
バリアント保有者のドナー選択 推奨されない5)
腫瘍発症の付加的異常 +21、BCOR、TET2、対側RUNX115)
補足 RUNX1関連骨髄性腫瘍は相対的に予後不良とする報告があるが、予後因子としては確立していない。
ドナー由来白血病の原因遺伝子としての報告がある。

SAMD9/9L

遺伝子名 SAMD9・SAMD9L
関係する造血器疾患 MDS・AML
遺伝形式 常染色体顕性(優性)遺伝
頻度 小児MDSの中では7%16)
-7を伴う小児造血器腫瘍の中では12~38%17)
発症リスク(浸透率) 不明
ガイドライン PMID 2860033914)
PMID 3907840214)
推奨されるマネジメント(サーベイランス) 3-4か月ごとに血算(recommended)
1年ごとに骨髄検査(recommended)
バリアント解釈における注意点 7番染色体の欠失例では、SAMD9/9Lのバリアント側のアレルが消失することが多い
バリアント保有者のドナー選択 推奨されない。
腫瘍発症の付加的異常 -7
補足  


参考文献

1) Miller, D. T., Lee, K., Chung, W. K. et al. ACMG SF v3.0 list for reporting of secondary findings in clinical exome and genome sequencing: a policy statement of the American College of Medical Genetics and Genomics (ACMG). Genet Med. 23: 1381-1390, 2021.
2) Richards, S., Aziz, N., Bale, S. et al. Standards and guidelines for the interpretation of sequence variants: a joint consensus recommendation of the American College of Medical Genetics and Genomics and the Association for Molecular Pathology. Genet Med. 17: 405-424, 2015.
3) McReynolds, L. J., Rafati, M., Wang, Y. et al. Genetic testing in severe aplastic anemia is required for optimal hematopoietic cell transplant outcomes. Blood. 140: 909-921, 2022.
4) Qian, M., Cao, X., Devidas, M. et al. TP53 Germline Variations Influence the Predisposition and Prognosis of B-Cell Acute Lymphoblastic Leukemia in Children. J Clin Oncol. 36: 591-599, 2018.
5) Worel, N., Aljurf, M., Anthias, C. et al. Suitability of haematopoietic cell donors: updated consensus recommendations from the WBMT standing committee on donor issues. Lancet Haematol. 9: e605-e614, 2022.
6) Gurnari, C., Robin, M., Godley, L. A. et al. Germline predisposition traits in allogeneic hematopoietic stem-cell transplantation for myelodysplastic syndromes: a survey-based study and position paper on behalf of the Chronic Malignancies Working Party of the EBMT. Lancet Haematol. 10: e994-e1005, 2023.
7) Maese, L. D., Wlodarski, M. W., Kim, S. Y. et al. Update on Recommendations for Surveillance for Children with Predisposition to Hematopoietic Malignancy. Clin Cancer Res. 30: 4286-4295, 2024.
8) Moriyama, T., Metzger, M. L., Wu, G. et al. Germline genetic variation in ETV6 and risk of childhood acute lymphoblastic leukaemia: a systematic genetic study. Lancet Oncol. 16: 1659-1666, 2015.
9) Cheloor Kovilakam, S., Gu, M., Dunn, W. G. et al. Prevalence and significance of DDX41 gene variants in the general population. Blood. 142: 1185-1192, 2023.
10) Hendricks, R. M., Kim, J., Haley, J. S. et al. Genome-first determination of the prevalence and penetrance of eight germline myeloid malignancy predisposition genes: a study of two population-based cohorts. Leukemia. 2024.
11) Makishima, H., Saiki, R., Nannya, Y. et al. Germ line DDX41 mutations define a unique subtype of myeloid neoplasms. Blood. 141: 534-549, 2023.
12) Dohner, H., DiNardo, C. D., Appelbaum, F. R. et al. Genetic risk classification for adults with AML receiving less-intensive therapies: the 2024 ELN recommendations. Blood. 144: 2169-2173, 2024.
13) Simon, L., Spinella, J. F., Yao, C. Y. et al. High frequency of germline RUNX1 mutations in patients with RUNX1-mutated AML. Blood. 135: 1882-1886, 2020.
14) Godley, L. A. & Shimamura, A. Genetic predisposition to hematologic malignancies: management and surveillance. Blood. 130: 424-432, 2017.
15) Yu, K., Deuitch, N., Merguerian, M. et al. Genomic landscape of patients with germline RUNX1 variants and familial platelet disorder with myeloid malignancy. Blood Adv. 8: 497-511, 2024.
16) Sahoo, S. S., Pastor, V. B., Goodings, C. et al. Clinical evolution, genetic landscape and trajectories of clonal hematopoiesis in SAMD9/SAMD9L syndromes. Nat Med. 27: 1806-1817, 2021.
17) Yoshida, M., Tanase-Nakao, K., Shima, H. et al. Prevalence of germline GATA2 and SAMD9/9L variants in paediatric haematological disorders with monosomy 7. Br J Haematol. 191: 835-843, 2020.

 

表:造血器腫瘍及びその類縁疾患に関連した生殖細胞系列の病的バリアントが報告されている遺伝子(2023年度版)

germline findingsの取り扱いガイド表
ACD FANCE NAF1 RPL5 TSR2
ANKRD26 FANCF NBN RPS10 TYMS
ATG2B FANCG NF1 RPS15A UBE2T
BLM FANCI NHP2 RPS17 USB1
BRCA1 FANCL NOP10 RPS19 VPS45
BRCA2 FANCM NRAS RPS24 WAS
BRIP1 FAS PALB2 RPS26 WRAP53
CASP10 G6PC3 PARN RPS27 XPC
CBL GATA1 PAX5 RPS28 XRCC2
CEBPA GATA2 PIK3CD RPS29 ZCCHC8
CHEK2 GFI1 PIK3R1 RPS7  
CLPB GRHL2 PMS2 RTEL1  
CSF3R GSKIP POT1 RUNX1  
CTC1 HAVCR2 PTPN11 SAMD9  
DBA2 HAX1 RAD51 SAMD9L  
DCLRE1B HEATR3 RAD51C SBDS  
DDX41 IKZF1 RAF1 SH2B3  
DKC1 ITK RBBP6 SH2D1A  
DNAJC21 JAGN1 RECQL4 SLC29A3  
EFL1 JAK2 RFWD3 SLX4  
ELANE KIT RPA1 SOS1  
EPCAM KRAS RPL11 SRP54  
ERCC4 LIG4 RPL15 SRP72  
ERCC6L2 MAD2L2 RPL18 STN1  
ERG MBD4 RPL23 TERC  
ETV6 MECOM RPL26 TERT  
FANCA MLH1 RPL27 TET2  
FANCB MPL RPL31 TINF2  
FANCC MSH2 RPL35 TLR8  
FANCD2 MSH6 RPL35A TP53  

下線:ヘムサイトで報告対象となっている遺伝子(2025/4/1現在)

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