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先輩たちからのメッセージ(一色 佑介 先生)

更新日時:2021年7月5日

血液内科医を志す研修医、学生の皆様へ

一色 佑介
Division of Hematology and Medical Oncology, Weill Cornell Medicine, NY, USA

日々の診療、学業でお忙しい中ご覧いただきありがとうございます。千葉大学血液内科から現在米国コーネル大学医学部に留学中の一色佑介と申します。今回は私の留学先での研究内容も簡単にご紹介しながら、血液内科診療および研究の面白さを少しでもお伝えできれば幸いです。

固形腫瘍に対する化学療法が一般的に生命予後の延長を目的としているのに対し、血液腫瘍は化学療法感受性が高く、治癒を目指して治療を行うことが多い点は、他科と大きく異なる特徴の1つです。化学療法が治療の主体となる血液内科は、新規薬剤の開発が最も盛んな分野の1つであり、毎年数多くの新規薬剤が登場し、一部の血液腫瘍ではしばしば治療法のbreakthroughが起きるなど、医学の進歩を臨床医が実感できる数少ない分野ではないかと思います。研究・開発が進みやすい背景には、白血病をはじめとして患者由来のサンプルが固形腫瘍と比較して圧倒的に入手しやすいことも理由の1つと思われ、将来的にも他の分野をリードするような革新的な治療法が、血液内科領域から生まれる可能性が高いと考えています。一例を挙げると、近年B細胞性腫瘍に対して劇的な治療効果を示している、CAR-T細胞療法が挙げられます。通常T細胞免疫においては、T細胞受容体(TCR)が標的細胞のMHCに提示された抗原を認識することでT細胞が活性化され、殺細胞効果を示しますが、このMHCを認識する部位をCD19(B細胞特異的抗原)を認識するように改変した遺伝子を導入したCAR-T細胞は、CD19陽性細胞特異的に殺細胞効果を発揮します。CAR-T細胞療法により、移植後再発ALLなど既存治療では極めて予後不良であった症例に対しても高い治療効果が得られています。さらに、遺伝子改変TCRの抗原認識部位をその他の腫瘍特異抗原を認識するように設計し直すことで、骨髄系腫瘍や固形腫瘍への応用が進められており、血液腫瘍分野での新規治療が他分野へと広がりつつあります。

ここからは私が行っている研究内容について、簡単にご紹介したいと思います。私が千葉大学大学院在学中から現在まで続けている研究のメインテーマは、エピジェネティック制御異常と発癌です。エピジェネティクスとは、クロマチンにヒストン修飾やDNAメチル化といった後天的な化学修飾を加えることで、遺伝子配列を変更することなく遺伝子発現を制御する機構であり、正常細胞分化や運命制御などに極めて重要な役割を担っています。ひとたびエピジェネティック制御に異常をきたすと、癌遺伝子の発現上昇や癌抑制遺伝子の発現低下といった異常な遺伝子発現パターンを呈して、発癌につながります。血液腫瘍においては、エピジェネティック制御を担うタンパクをコードする遺伝子の変異が高頻度に報告されており、大学院在学中の研究では、とあるエピジェネティック制御遺伝子変異マウスを用いて、T-ALL発症メカニズムの解明を行いました。その後現在所属しているコーネル大学医学部に留学することになるのですが、ここでは臨床応用につながる研究をすることを大きな目標として、研究テーマを大まかに「エピジェネティック治療薬を用いた新規治療の開発」と設定することにしました。エピジェネティック治療薬は創薬領域のhot topicの1つで、高リスクMDSに対して初めて予後延長効果を示したDNA脱メチル化薬を皮切りに、次々と新規薬剤が開発されています。エピジェネティック異常を有する腫瘍細胞においては、その異常を是正するようなエピジェネティック治療薬に対する感受性が極めて高いことがあり、遺伝子変異情報をもとにした個別化医療への応用が期待されています。さらに興味深いことに、エピジェネティック治療薬のうち一部の薬剤は、免疫賦活化作用があることが明らかになってきており、腫瘍細胞への直接的な効果のみならず、抗腫瘍免疫の活性化を介しても腫瘍細胞増殖を抑制している可能性があると考えられています。これはエピジェネティック制御が正常細胞分化に大きな役割を果たしていることと関連していて、例えば制御性T細胞(Treg)分化を促進するようなエピジェネティック因子に対する阻害薬投与は、結果的にTreg分化を抑制することで免疫を活性化する方向に寄与する、といったようなことが挙げられます。私は現在、この免疫賦活化作用に注目して、エピジェネティック治療薬を免疫療法と併用することで、免疫療法の効果を高める試みを、B細胞リンパ腫モデルマウスを用いて行っています。さらにこのpreclinical dataをもとに、臨床部門と共同で同併用療法の臨床試験を計画しており、2021年中にphase 1試験を開始する予定となっています。このように現在の留学先では、これまでのバックグラウンドを活かしつつ、具体的な臨床応用を目指した研究に携わることができ、将来的に自分の開発した治療法が患者さんの予後改善につながることを夢見て、日々実験に励んでいます。

血液内科領域は、臨床・研究ともに加速的に進歩しているほか、両者の垣根が低いために、基礎研究をもとにした臨床応用がとても盛んな分野です。そのため、臨床・研究どちらに興味がある方にとっても魅力のある分野ではないかと思います。1人でも多くの方とともに、これからの血液学の進歩に貢献できれば幸いです。

この写真は2019年11月に行った研究室のリトリートの時の写真です。
リトリートとは研究会と親睦会を兼ねた合宿のようなもので、この写真はレクリエーションでカーリングをやった際のものです。
COVIDの影響で、これ以降研究室の大きな催し物ができなくなってしまっていますが、ご覧のようなメンバーに恵まれ、楽しい留学生活が送れています。
(前列左から3人目が著者)

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